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in California

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ヨシュアトゥリー

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風が強かった!

走るのに疲れてきた。っていうか走っている時に感動することが減ったんだね。ゆっくり走ってるから、走るのが楽しい時は他の早く走ってる人より2倍面白いんだけど、そうでなくなると2倍辛い気がする。今の気分は滞在型の旅に変更したいなぁと思ってるんだ。ラスベガスでもそうだったんだけど、何日も同じ所でいろんな話しをしたりする方が今は面白く感じてるから。そういえばエドモントンで会った韓国人っは滞在型の旅をしてたんだけど、彼はそれに今は何も見出せなくなったから、予定より早く帰るって言ってた。俺もきっとそうなる日は近そうだね。サンディエゴまでにプランを考えないとと思って考えながら来たんだけど、だいたいこれからのプランを決めたよ。BAJAには行くけど、縦断はしないでサクッと様子を見てサンディエゴに戻って来て、数週間の滞在をする、そしてたぶん韓国へ行く事になると思うんだ。

パームスプリングスっていう町を今日目指して走ってきたんだけど、その手前のインターステーツと交わる直前から急に風が強く吹き始めたんだ。「真っ直ぐ走れないよー!」っていう位にね。そしたらね、そこには何があったと思う?そう風力発電所。何千ものプロペラがその風で回ってるんだ。高い山が急にそびえたってて、いつもそこから風が吹き降ろしてるみたい。インターステートを1区間使わなきゃいけなかったんだけど、追い風になるって分かって心底ホッとしたね。それに下りだったしさ。反対方面だったらさぞかし恐ろしい事が、、、。走って分かったんだけど、対向車線のトラックは全然スピードでてなかったよ。上りで激しい向かい風でさ。

さあ明日はサンディエゴ到着。期待通りの街だといいんだけど。

PALMSPRINGSのモーテル(走行314km)

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ハーレー。

持ち主のおじさんもカッコ良かったゾ。

大事を取ってモーテルに泊まったのに風邪はあんまりよくならなかったんだ。でも朝方にハーレー乗りと少し話しをしたの。ハーレーを何台も見るから街に近づいて来たのかと思ったら、この町でどうやらハーレーのショウがあるみたい。「お前も行かないか?」って誘われたけど、あんまり風邪の具合も良くないし、そもそもハーレーにそれほど興味を持ってないから断ってサンディエゴに向かったんだ。サンディエゴまではもちろんフリーウェイを使わずにいわゆる下道を使っていったんだけど、パームスプリングスに向かってくるハーレーの多い事!でもホントはあんまり余裕なくて「早くゆっくり休みたい。」って思ってたんだけどね。

サンディエゴでの宿泊地は昨日電話で予約しておいたから、そこへ向かって真っ直ぐに進んで行くだけ。宿は1軒目は駐車場がないって言ってたから、2軒目に電話したパシフィックビーチのホステルに。街へ入ってから、そこへ向かってくんだけど、やっぱり今までの街とは比較にならない位に大きいね。街中でも休憩しながらたどり着くくらいなんだから。

宿では見たことのあるバイクが2台置いてあったの。ハーレーなんだけどさ。彼らはフラッグスタッフって町であったスイス人のハーレー乗りだったんだ。着いてすぐは彼らと会えなかったんだけど、宿で働いてるアメリカ人のバイクを組み立ててるのを手伝ってたら彼らはやってきたよ。そうそうアメリカ人のライダーはマイアミからバイクを輸送してここで組み立てていたんだけど、全然バイクのことを知らないんだ。ブレーキを外してる時にブレーキを握って、ブレーキパッドがくっついちゃったり、もう手伝ってる方が「あーまた仕事が一つ増えた!」とか思いながらやってるの。それでくっついちゃったから、ブレーキのフルードを抜こうとしてるし、「それをしたらブレーキフルードが必要だよ!それにエア抜きめんどうだよ!」って教えたら、「じゃあやってくれよ。」って最後はなんか結局俺がやってたけど。

夜はスイス人と飲みに行こうっていってたんだけど、どうも風邪の具合がよくないから断って明日行く事になった。ゆっくり休んで良くなるといいんだけど、、。

サンディエゴのホステル(走行245km)

[バイクとクルマ]

1998年10月17日

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サンディエゴのホートンプラザ。

体調はだいぶ良くなったけど、さらに良くするために朝ゴハン昼ゴハンをモリモリ食べたんだ。それで何する事もなくビーチを見たり昼寝したりしたの。おかげで朝起きた時より夕方はかなり体調は回復したよ。回復したから夜はスイス人のライダーともう一人のスイス人旅行者と4人で飲みにいったの。彼らの年代は俺と同じ位だったんだけど、やっぱり同年代の方が外国の人とも話しはあうみたいね。今泊まってるところはサンディエゴの中でも若者の町らしいんだけど、海ではサーフィン道路ではスケボーしてる若者だらけなんだ。宿にもどちらかというと若い人が多い。でも仲良くなる外人も今まで会った日本人も、話しのあう仲良くなる人は同じ位の世代が多いんだよね。日本人ならなんとなく分かるけど、外国人もなんだよな。言葉もつたないし、あんまり深い会話は出来ないんだけど、それでも何故か今まで同世代ばかりと仲良くなっているよ。意識してる訳じゃないのにね。ちなみにスイス人は28,29,30歳、俺が29歳。カナダで会ったスイス人ライダーも31歳。ドイツ人ライダーも30歳。うーんなんだか不思議だ。それにしてもこの年代の多いこと多い事。だからすかっりサンディエゴのこの宿では若い奴みてビックリしたんだよな。「おおこんなに若い奴がいる!」って。なんかオーストラリアのサーファーズパラダイスの雰囲気みたいだ。でも着てる服はこっちの方がアメリカらしくファショナブルな感じは受けるし、キレイなようには感じるんだけどね。

パシフィックビーチのホステル(走行0km)

in California

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荷物多すぎ、、、

リラックスした時間を過ごしてるのがなんだか楽しいんだ。泳ぐにはもう寒いんだけどビーチにいったり、宿からビーチの前の道を通る人を眺めたりするのがね。サンディエゴに留学してる友人から俺の荷物を受け取らなきゃいけないから連絡したんだけど、今日は用があって来れないっていうから月曜日の学校が終わってから会って荷物を受け取ることになったんだ。そんなわけでさ、予定がなくなったし、ビーチばかり見ててもいいんだけど、ダウンタウンへ行ってみたの。予想通りに日曜日ってことで人通りは少なく、ホームレスっぽい人が目立ったな。だから印象はあんまり良くはなくて、ビーチ沿いのこの町の方が今はなんだかいい感じを受けたよ。スーパーもファーストフードもビーチもチャイニーズレストランにメキシカンレストランにコンビニ、全てが近くにあるから生活には便利だしね。
サンディエゴは今、野球で最高に盛り上がってるだ。サンディエゴパドレスっていうチームがこの地区のチャンピョンになってニューヨークヤンキースと戦ってるんだけど、サンディエゴの野球帽を結構な人がかぶってるの。それに昨日もバーではテレビを見ながら地元の人が騒いでたし、昨日は勝ったから町中をクラクションならしながら走ってる人の多い事!でも多分今日は負けたんだろうね。町は静かだったから。

昨日に比べて少し静かな町を今度は別のスイス人2人とオランダ人とドイツ人とポーランド人と食事を食べにいったんだ。食べたものはメキシカンフード。個人経営のファーストフード店。日本人はファーストフードに詳しいけど、外人も詳しいいんだね、結局一番安いからそれを食べるしかないんだ、日本人も外国人もさ。ドイツ人なんか「こんなにハンバーガー食べた事ないよ。ドイツに帰ったら、1年は食べたくないな。」とか言ってた。なんか日本人と言ってる事同じだね。スイス人の一人は英語を勉強しに来たんだってさ。もう帰るんだけど、学校には日本人いっぱいいたわよって言ってたよ。そうだろうね。でもスイス人もドイツ人もたまに英語に詰まったりしてるから、彼らもなんだかんだ努力してるみたいね。オランダ人とポーランド人の女性2人組は世界各国を回ってる人だったんだ。アジアをズット回って、シンガポールからオーストラリア、フィジーに行って、タイからラオス、ベトナム、日本で乗り換えてアメリカへ、そしてメキシコ、グアテマラに行くそうだよ。「日本はストップオーバーしなかったの?」って聞いたら、オランダ人はビザを取れたんだけど、ポーランド人が取れないで断念したらしい。日本人の俺としては是非日本という国もみて欲しかったんだけどね。それから彼女らはアメリカはフェイクの国だとも言ってたんだ。彼らはアメリカ国内の事しか考えないって。お金になるからアジアへモノや文化を輸出する。アジアが駄目になったらアフリカへ。彼らが失ったモノは大きいわとも言ってた。そうなんだよな、アメリカって本音と建前っていうか、世界的には良いカッコしたいっていうか偉そうな事を言ってるけど、実際にここで生活してる人はそんなにポリシー持って生活してないんだよね。彼女らがフェイクの国って言っているのも、アメリカ人がいろいろな人から嫌われているのも分かる気がするよ。もちろん素晴らしいアメリカ人ってのもいるんだけどね。

みんなで飲みには行かずにコーヒーショップでお茶したんだ。そこでは大学生なのかな、みんな本を持って来ていて勉強してた。ああいう光景ってアジア的なものだと思ってたんだけど、アメリカでもあるんだね。大きな声で話しをしていたのは俺達くらいだったよ。まあでも本で勉強出来ない事を話しの中で勉強してるってことで、勉強にはかわりないけどね。

パシフィックビーチのホステル(走行0km)

in California

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ハーレー乗りになる。

バイクを送り返す手配をするために、サンディエゴの運送会社に電話したの。でもアッサリと「扱ってません。」これは日本系だったんだけど、サンディエゴから送りたいからイエローページで調べて電話する。「扱ってません。」駄目だこりゃ!ってことで方針を変更してロスアンゼルスへ電話する。これは来る時利用した日通だったんだけど、最初に代表番号へTEL、そしたら別の所へ転送。それでバイクを送りたいっていったら別の番号を教えられ、そこは航空便しか扱ってなくて、更に別の番号を教えられ、、、。やっとたどり着いた船便のセクションでいくつか質問をしたの。「日本から持って来たバイクを日本へ送り返したいんですけど。」「どのように持って来たんですか。」「カルネを使ってカナダへ持ってきて、、、」「アメリカへ入った時の一時輸入の記録はありますか?」「FIAカルネはアメリカは使えないのでカナダへ輸入して、陸路で持ち込みました。」「では一時輸入の証明はない訳ですね?通常はカルネがないと、、、」「いや旅行目的でバイクの一時輸入はFIAカルネしか使えなくて、でも持って帰らなきゃいけないんですよ。」「FIAカルネって何ですか?ATAカルネしか扱った事ないからなぁ。」「それは自動車連盟、JAF発行のカルネで、、、」「どちらにしろ輸出する時には何らかの証明がいるので、証明なしでは出せないかもしれません。」「いやでもカルネで持って来てるので持って帰らなきゃいけないんですが、、、」「そうですよね。扱った事がないので、税関に問い合わせてみますよ。夕方にもう一度電話ください。」ガチャン。うーんちょっと端折ってるけど、こんな感じのやり取りがあったんだ。なんだか一抹の不安を覚えたよ。ただでさえロスまで行かなきゃいけないってだけで気が滅入ってるのに。でもカナダから入ってニューヨークから出してる人はいっぱいいるから出来ない筈ないんだけど。

昼間の空いた時間に、サンディエゴで学生してる日本人にあったの。彼女は俺のスペアパーツを受け取ってくれているから、それを受け取るためにね。ついでに勝間田さんに頼んでパーツと地球の歩き方メキシコと韓国も送ってもらったの。でも箱の中には何故かカレーとかお菓子とかがいっぱい入ってたんだ。うーん何て良い奴なんだ。お土産奮発しなくては。彼女は荷物を渡したら、体調悪いからって言って、帰っていったよ。せっかく街を案内してもらおうと思ってたのに残念!

そして夕方運送会社に電話したの。輸出は出来るってさ。あっけなくね。ただカルネと車検証で持ち主の証明をして、書類を作って通常の輸出方法と同じになるって言ってたけど、たぶん日本では税金とかの問題も起こらないでしょうって。まあ日本へ着けばなんとかなるでしょ。日本から持っていってる訳だし、その証明もあるからね。金額はバイクを見ないと分からないけど、梱包、通関込みで750ドルくらいらしい。まあこれもやってみないと分からないけど。水曜日までに持って来てくれれば、翌週火曜の船に乗せられるっていってたよ。それで13日の航海と日本での通 関約1週間から10日だってさ。それを計算して飛行機のチケットを買わなきゃね。

夜にスイス人の一人とビールを一杯だけ飲みにいったんだ。そしたら彼はさ、運送会社で通関の業務をしてたらしいんだ。なんだか縁を感じていろいろと質問してみたの。「アジアからスイスへの通関は大変なんだ。みんな安いアジアの製品を輸入したがるから。」だって。費用もアジアからヨーロッパは高いんだけど、逆はそうでもないって。バイクの俺の運搬もマッタクその通 りな感じだね。

パシフィックビーチのホステル(走行0km)

in California

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サンディエゴにて。

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ここを通ると思うとゾゾゾッ!

「あー動きたくない。」動きたくないってのは移動の旅をしたくないってことなんだけど、それほど滞在してる今はなかなか楽しいんだ。でも実はもう帰国をするって決めたからそれに向かって動かなきゃいけないんだ。帰国の理由はいくつかあるんだけど、今までに書いた感動が薄くなってる病とか、それ以外にも最近起こった日本での事件とかね。(ここでは発表出来ないんだけど、かなり悪い事が身近な所で起こって、、、)そんなことモロモロひっくるめて帰国しようってことにしたんだけどさ、バハだけは外せん!ってことでそれに向かって動かなきゃいけないの。ここに滞在してるとメキシコにいく人、南米にいく人、もちろん帰る人もいろいろ出会うんだけど、南米まで下る人を少し羨ましくも思うし、行ってみたいとも彼らを見てると思うんだ。でもきっと今の心境で行っても楽しめないからパスするんだ。次回があるかは分からないけど、本当に行きたくなったら行けるものだしね。

希望としては12月には帰りたいから韓国ストップを前提に航空券を調べてみたんだけど、って言ってもまだ韓国系の代理店1軒しか聞いてないんだけど、成田までの直行399ドル、韓国へ止まると650ドル。どうやらここからは直行便が飛んでるからストップオーバーってより韓国までとそこから日本までの航空券2枚買うような感覚になるみたいなんだ。日本からの韓国往復は今安いから、直行便の安いモノを探せば日本へ帰ってからまた行っても値段はあんまり変わらないかもしれないね。

それと荷物を身軽にするために、キャンプ用品とか写真とかカバンとかを送り返したの。日本から送ってもらった地球の歩き方メキシコはあんまり使えなかったから、ロンリープラネット「バハカリフォルニア」を買う。それにはバハカリフォルニアはキャンプ向きの場所だって書いてあるし、人からもキャンプは良いよって言われてたんだけど、キャンプ用品を送り返した事については別にあんまり後悔はしてないんだ。身軽になりたかったからさ。荷物の量で走りの楽しさも変わるし、バハではダートも少し楽しみたいからね。それとそのガイドブックによるとメキシコを走るには保険を買わなきゃいけないらしい。義務づけられてるの。もし入ってないで事故起こすと留置所に拘束されるらしい、支払能力が立証されるまでね。ガイドにはメキシコの保険を扱ってる会社も載ってたから、そこで買えるんだけどさ、やっぱり地球の歩き方ってダメだなあって毎回思うよ。写 真とかレストランの情報ばかりでさ。それに比べてなんてロンリープラネットは詳しい情報が載っていることか!写 真は少ないけどね。

さあどっちにしろプランを決めなきゃ行けないんだけど、大雑把に考えてみたんだ。

プランA:メキシコへはいって、メキシコシティまで南下して、そこからバイクを送って自分も飛行機で帰る。帰国日は来年。

プランB:バハを少し走って雰囲気を味わって、11月中旬にロス、11月下旬に飛行機で韓国へ。12月中旬帰国。

プランC:プランBの韓国を止めて、11月下旬帰国。それから荷物とか整理して韓国へ日本から行く。

プランD:バハを縦断してメキシコ本土に渡って、アメリカに戻り、韓国には行かずに日本へ帰る。

まあこんなとこかな

プランAは実は手配するべき事が少なくて一番楽なんだけど年内帰国を目指してるからパスかな。それにメキシコって俺の予想よりはるかに大きい国で面白そうなとこ回ると2,3ヶ月はかかる。だから次回ゆっくり回ったほうがいいかなと思う。次回を作るかはワカンナイけど。プランDも無理矢理メキシコをまわってるかんじでやだね。でやっぱりBかCなんだけど、今日はBにする気分。シンガポールでも現地の人と会って旅した時は全然違う面白さがあったからさ、韓国の人とかなり仲良くなった今はやっぱりチャンスだと思うから。でも明日航空券をもう一回聞いてみる必要があるね。

なんだかゆっくりしてるのが気持ちいいんだけど、忙しく回らなきゃいけなくなっちゃった。バイクの整備もしてないからしなきゃいけないし、、。

パシフィックビーチのホステル(走行0km)

in California

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一緒によく話したドイツ人。

フリーダイヤルを持ってる航空チケットの代理店に何件か電話してみたんだけど、どこも値段は似たり寄ったりだったから、一番最初に行った韓国系の代理店で買うことにしたの。宿を出るときドイツ人の仲良くなったトーマスもダウンタウンへ行くから一緒にいこうってことになってバスでダウンタウンへ。そこでまずゴハンを一緒に食べて、「俺はチケット買いに行くから。」って言ったらさ、「暇だから一緒に行く。」だって。だから彼とバスに乗って代理店へ。そこには7ヶ月ここで働いてるっていう女性が日本人をサポートしてるんだけど、彼女自身はあまり航空券の事についてあまり知らないみたいでさ、いちいちボスの所へ聞きにいくんだ。それでいて英語もいわゆる企業の人とは違って堪能な感じは受けなくて、ボスが「彼はどうしたいの?」とか彼女に聞いてそれでまた俺に聞いてくるし、時々俺が先に理解して返事しちゃったりしてたらいつの間にか彼女はいなくなりボスと英語でのやり取りになってた。なんだか悪い事しちゃったなぁ。結局最初からどうしたいかを話して、何度かやりとりをして一番いいと思う航空券を取ってもらったの。それはサンディエゴからロス経由でソウルへ飛んで、2週間を韓国で過ごして、プサンから成田へ飛ぶんだけどね。値段は640ドル位。かなり高くついたけど、まあこれも良い機会だし、安いからそっちを選ぶんだっていうことは最近あんまり好きじゃなくて、少し余分にお金がかかっても行ってみたいとこに行ってみたいしね。それからプサン発をオープンにしてくれないか頼んだらさ、同じ金額でオープンにしてくれた。このボスがなんだか恐そうな感じを最初受けたけど、なかなか親切な人でさ、自分の手持ちの韓国のパンフをくれたり、いろいろ韓国の説明もしてくれたの。

ちょっと買うのに時間がかかったからドイツ人に「ワリー。」って言ってもう一回ダウンタウンへ。少しブラブラして宿へ戻って彼とジャパニーズレストランに行く事になったんだ。レストランに行く途中に前にメキシコレストランに行ったスイス人とその友達のスイス人ともう一人のスイス人に会って一緒にレストランへ。レストランって言っても、本格的なのじゃなくてかなり安い値段で食べれて、シェフは外人のバイトっぽい人がやってる所なんだけどね。俺はシウマイと照焼きチキンを頼んで、他はヤキソバとかテリヤキベジタブル丼とか頼んでた。テリヤキベジタブルボウルってのが正式名称だったんだけど、なんだろって思ったら野菜炒めを丼にしたやつで、あんまりこんな事しないなぁとか思っちゃった。俺の食べたシウマイはまあ普通の冷凍食品っぽくて美味しかったけど、テリヤキチキンはちょっと甘めでアメリカン好みだね。ズッキーニとマッシュルームが入ってるのがちょっと違う感じ。まあでも美味しかった。でもサラダのドレッシングはいただけなかったよ。何の味なんだろ、酢が強すぎで酸っぱいだけ。あんなの食べた事ない。でも大方のモノを外国の方々は喜んで食べてたからまあ良かったね。それと味噌汁が食事の前のスープとして出てきたよ。まあでもあの金額でこの味ならOKだね。結構流行ってる店だったし、不味くはなかったし。

それにしても今日一緒にいたドイツ人は凄いスピードで英語が上達していくんだ。彼は趣味も似てるし、それに俺とやっぱり似た年齢で話しをしてて楽しいんだけど、3日前は俺と同じくらいのレベルだったのに、すっかり抜かされた。「お前と会ってから英語で話す機会が増えて、だいぶうまくなったよ。俺もお前も上達したと思わない?」って言われた時は俺も上達してるのかと嬉しく思ったけど、上達ぶりは彼のほうが10倍早い!まあでもお互いの国について話したり、趣味について話したり、とても最近いい話す機会に恵まれてるんだ。それが滞在の旅の醍醐味でもあるわけで、なんだかここを離れたくないよ。バハ行くよりここで滞在してる方がきっと面 白いんだもん。でもバハのために今日オイル交換したんだけどね。

パシフィックビーチのホステル(走行24km)

in California

ガイドに書いてあったバイクの保険も扱ってる所へバスで向かったの。バスを2回乗り継いで行くんだけど、2回目の乗り継ぎの場所で30代後半くらいのメキシコジャーマンと日本人との間に生まれたと言っている人に会ったの。ベンチで座ってると挨拶をしてきて、こっちへ擦り寄ってくるんだ。言葉の最後にはハニーってつけながらね。服装も少し派手、でもけっこうキレイな人。この歳でアメリカに住んでいてこの体型はあんまりいないからそう思っただけかもしれないけど。それから彼女は怪しい感じだったけど、いろいろ話しをしたよ。彼女はメキシコ人を嫌っていたね。メキシコも。日本に関しては好感を持ってるけど中国は嫌ってた。彼女の体型は日本人のお母さんの料理が肉をあんまり使ってないからっていってた。でも「いつも小さいチキンばかり買うのが不思議だわ。」とも言ってたけど。それにしても派手好きだったね、クルマ、化粧品、服とかについても話したんだけど。バスはなかなか来ないで45分間も話しをしてたんだけど、バスが来たら、LOVE YOUって言って乗っていきやがったよ。それで別の人の所へサッサと行ってまたなんか話し始めた。かなり遠くに座ってたから何を話してるかは分からなかったけど、なんなんだって感じ。

保険会社ではバイクの保険を扱ってないって言われたの。ガイドはそんなにアテにはしてなかったけど、少しがっくり。そこで別の所を紹介してもらってそっちではすんなり買えたんだけど、その時にアメリカの保険についても聞いてみたんだ。っていうのはもうすぐカナダで買った保険が切れてしまうから。でも基本的には分からないって。別の所へ電話してもくれたんだけど、アメリカの免許証が必要だとかでダメで、一番いいのはカナダの保険をクレジットカードで延長するのがいいんじゃないってことだったんだ。なるほどそんなワザが使えるならそれが一番いいかもしれないね。明日チャレンジしてみるよ。

パシフィックビーチのホステル(走行0km)

in California

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彼らとも結構話した。スイス人ハーレー乗り。

じっくりとカナダの保険証券を見てみると延長は出来ませんって書いてあったんだ。それでも電話してみたんだけど、やっぱり駄目だった。後調べる方法は運送会社から当たるか、イエローページで片っ端かなんだけど、実は昨日AAAっていう日本のJAFみたいな所にも行ったんだけど、あまりに不親切で、「知らないワ。」で全部かたずけられてしまったんだ。だから上の2つの方法しかないんだけど、あんまり関係ない人を巻き込みたくないから、とりあえずイエローページを見て電話してみる。1軒目は駄目だったけど、2軒目の所は国際免許OKで週単位でも売ってくれるっていうからそこへ行ったんだ。カナダはさ、基本的に保険会社って州立のが1つなんだけど、アメリカは日本のようにたくさんあるんだね。だからバイクを扱ってないところや、アメリカのライセンスじゃないと駄目な所があるんだ。でも国際免許でクルマ買ってる人も、俺のような旅人も、みんな保険を買ってるんだから、どこかでは買えるとは思ってたけどね。メキシコから入ってきて、国境の人とかに聞いた方が楽だったかもね。電話帳とか見ても、メキシコの保険屋とかは国境近くにあったから、そっちから入ってきて、アメリカの保険を買わなきゃいけない人もいるわけだから、きっと国境近くに事務所があるような気がするからさ。それと運送会社の人とかバイク屋とか、国際免許でも保険を絶対かけなきゃいけない人達の方が詳しいんだろうなぁとも思うよ。保険屋さんは自分のとこの保険しか知らない感じをうけたね。

昼には宿へ戻ってきて、バイクの整備をしたの。どこまでやろうか悩んだんだけどさ、例えばエンジンを開けるかどうかが大きいんだけどね。俺のバイクもすでに2万キロ以上の走行をして、だいぶ調子が落ちてる気はしてるんだけど、まだあと5千キロ位は持つような気もするんだ。こればっかりは分からないけど。持つっていうのさ、壊れるとかじゃなくて、そのうちオイルを消費するようになるって事で、それはエンジンを開けてパーツを交換すれば大丈夫なのは分かってるんだけど、どうも開ける気にならないんだ。っていうのは後多分2千キロから3千キロしか走らないからね。南米へ下るなら絶対にやるんだけど、「まあ日本に帰ってからでもいいや。それに最悪そうなってもパーツは持ってるから出来るしな。」って思って、エンジンのタペットクリアランスとカムチェーンの調整だけをすることにしたんだ。要は、カタカタっていうエンジンからの音と、カチィカチィっていうエンジンからの音をなくす調整なんだけどね。

そして夜は最後ってことでカナダ人とドイツ人と飲みにいく。ドイツ人は最近結構一緒にいた奴なんだけど、カナダ人は昨日ここへ来て明日出る人だったんだ。彼はさ、建築の仕事をしてるんだってさ。だいたい何かの会話になるんだけど、今日は各国の家の作りについての会話が多かったな。カナダアメリカはさ日本と同じように木造が多いんだけど、ドイツは木では作らないんだって。石とか煉瓦とかコンクリートなんだろうな。カナダの彼は木の家じゃなくて鉄筋のモノを作ってるらしいけどね。ああそれにしても面 白い。やっぱり海外の人と話すって面白いわ。

それから飲んだ後にカナダ人が腹減ったから何か食いたいって言い出して、スシが食いたいっていうから、なんかまたあのイカサマっぽい日本レストランへ行ったの。席につくなカナダ人は「イカサマ臭いな。この店。」って言ってたけど、みんな「そうだね。」って。俺とドイツ人はあんまり腹へってないから、カナダ人がスシを注文して少し俺達も分けてもらったんだ。ドイツ人はナマの魚を食べた事ないからかなりオッカナビックリ食べてたよ。俺とカナダ人はそれで執拗に食べろよって薦めて楽しんでたんだけどね。それと店内の人も良く観察してたんだけど、「俺はスシを週3回は食べるんだ。何がウマイか知ってるぜ。」って言って、エビテンプラとアボガド巻きを食べてるのはビックリした!それとその人はカツドンのチキンを頼んでた。一緒に行ったカナダ人は割と良く知っててさ、変わったもの食べてはいなかったけどね。でもなんかやっぱり違うんだけど、この店は流行ってる。たぶんワサビは別になってたり(ちなみに自分で寿司に乗せる。)、割と細かい所までアメリカ風にアレンジされてるからもう一軒の本格的日本レストランより流行ってるんだと思う。ちなみにこの店、外人しかいないんだ。ちなみに味はね、やっぱりそれほどでもなかったよ。廻るお寿司の方が多分おいしいね。一番カリフォルニアロールが美味しかったもん。でも日本に入って来てる洋食もアジア食も日本風味付けになってるんだから、まあどっちもどっちか。

パシフィックビーチのホステル(走行0km)

in California

楽しかったし、面白い話しがいっぱい出来た場所だから、なんだかやっぱり離れたくないけど、バハは行ってみたいから出たんだけど、やっぱり走るのにもう疲れてるよ。ただタンタンと走ってるだけ。ここがまだアメリカだからかも知れないけど、滞在の旅の方が今の俺にはあってるかも。でも滞在の旅も腐るか有意義かは紙一重だけど。

とりあえずメヒカリってとこから入ろうと思ってさ、メキシコに。サンディエゴから約2時間かけて郊外の山の中へ出て、そこから砂漠を永遠走って今日は国境近くの町にいるんだ。くる途中の砂漠地帯はモトクロッサーのバイクとかATV(4輪バギー)とかがいっぱい走ってた。たぶんメキシコもそうなんだろうな。サンディエゴとかもう次ぎの国の近くにいるとどんどん情報が入ってくるんだけど、バハカリフォルニアはアメリカ人がとにかく多いらしいよ。アメリカの避寒地になってるってのもあるし、メキシコがバハに関しては簡単にクルマも入れられるようにしてるからっていうのもあるんだけど、まあ日本人のハワイみたいなものなのかな。だからメキシコ人は大量に入ってくるアメリカ人を嫌っている人も多いんだってさ。それと汚いよっていうのも良く聞くよ。モノが安いってのも。すごくさ人によって感じ方も様々でさ、例のドイツ人は「単に買い物には安くていいけど、あんまり良い国とは思えない。」バイクのドイツ人ライダーは「全てがヨーロッパと違って、経験することは素晴らしい事ばかり。」メキシコ系アメリカ人は「ただのゴミタメよ。でももしあなたがパーティー三昧の日を送るなら良い国よ。」パーティー好きそうなサーファースイス人は「最高だぜ。なんでも安いし。」ラスベガスで会った日本人は「モノは安いけど、あの経済の酷さはハンパじゃない。その中で金持ってる人が食事とかホリデーを楽しんでる。そんな所にいたくないですよ。」カナダで会ったカナダ人「美しいわ、自然が。ホリデーを過ごすには最高の所よ。」とまあこんな感じでさ。ヒドイ経済の中で楽しめる人と楽しめない人といるんだよ。それとメキシコ人をフレンドリーと感じる人と金目当てに寄ってくる人が多いって感じる人と。まあどっちもいるんだろうけどさ。

本当にメキシコを見るには田舎町から山から海から都会まで全部見なきゃ分からないんだろうけど、メキシコは日本の5.2倍もの面積があるんだって。それに俺の行くバハでさえ地図では小さいけど、縦断したら2000kmだもん。日本を北海道から九州まで行けちゃうよ。まあたぶんその半分くらいまでしか行かないけど、俺はどう感じるのかな。

EL CENTROのモーテル(走行257km)

in Baja California

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メキシコ国境。

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サンフェリーペ。

メキシコ国境の手前のCALEXICOって町でまずお金を下ろしたんだけど、アメリカなのにスペイン語ばかりが耳につくんだ。ATMがありそうなWAL MARTっていうまあダイクマとかああいうディスカウントストアへ寄った時もまず店員さんからはスペイン語で挨拶されたよ。それとそこに買い物に来てる客もメキシコナンバーを持った車ばかりで、国境を越えて買い物しにきたんだろうね。でも外の風景はアメリカの国旗がはためいてたりするから不思議なんだ。その後セブンイレブンでも買い物したけど、店員はスペイン語の方が達者でいかにここにメキシコ人が多いかを物語ってるよね。

メキシコの国境でまずイミグレに行かなきゃ行けないんだけど、その手前の右手にはメキシコ本土に行くための書類を発行してくれる所があったよ。でもバハしか行かないからそこは関係なくて、バイクを脇に止めてツーリストカードをもらいに行ったんだ。でもねタイとかマレーシアとかシンガポールの国境とは随分違って、中には誰もいないの。もちろん国境の係官は1人いたけどね。全てが簡略化されててさ、数日の滞在ならそのままメキシコへ入れるし、パスポートチェックも何もなく普通の地元のクルマやアメリカ人の観光客は素通りしていくから、アジアのような国境渋滞もなく凄い数のクルマがメキシコへなだれ込んで行く感じなんだ。でも怪しそうなバンとかは係官に止められ荷物のチェックを受けるんだけどね。でも来るもの拒まずって感じ。そうそうツーリストカードはガイドによると90日の滞在許可が最大で入国後90日の延長可って書いてあったけど、最初から180日をもらったよ。180日って6ヶ月でしょ。そんなに居ないって、バハだけなのにね。

パスポートにハンコもらった後に、流れ込むクルマの中に混じってメキシコへ流れ込む。国境を越えるとそこはゴミの嵐だった。そして建物はアメリカ風なんだけど、アジア的な古びたさなんだ。全てがエスパニョールに変わって、標識から看板からね。まあでも基本的にはアルファベットだから、タイの文字なんかよりは断然分かりやすいけど。メヒカリはあんまり興味なしだから、次ぎの町のサンフェリーペまで行くことにする。町中はさ、道路もひび割れてかなりアメリカとは違った印象で、後ねスモークを吹きながら走る車が一気に増えて町中はけっこうオイルのスモーク臭かった。それと道路の脇にはアキビンとかプラスティックバックとかが落ちまくっていているんだけど、交通マナーはここはそんなに悪くないのが不思議だった。アメリカの整備された大都会よりも走りやすいんだ。それでも犬が飛び出してきたり、人は横断したりしてるから注意はしなきゃいけないんだけどね。町からすぐ南下を開始したんだけど、当分の間道路脇のゴミはなくならない。さすがに大分離れるとかなり減るけど、自然が美しいだけに残念だね。

途中草木が何にもなく一直線の道を走ってきたけど、とりたてた感動はなかったな。デスバレーのさらに凄い所くらいかなって感じで。でもね砂丘がキレイな所で軍が検問をやってたの。緑色の服を着た兵士が自動小銃を肩からぶらさげてね。正直な所あんまりいい気分じゃないね。そういうのも見てみたいとは思ってたけどさ。俺はノーチェックで通 ったんだけど、砂丘のキレイな所だっただけに写真を撮れずに残念だったな。軍の人の方をホントは写真撮りたかったけどさ。でもあそこに留まって写真を撮る気分にはなれなかったなぁ。それからね、その後にパトカーの取り締まりを見たんだ。俺のすぐ横をパトカーが凄い勢いで走って行ったと思ったら、前を走ってるクルマを止めてたんだ。それ自体はまあたいした事じゃないけど、おまわりさんも自動小銃を肩からぶら下げて下りてきたんだ。アメリカのポリスより迫力あるね。あんなのに止められたくないや!

サンフェリーペはさ、アメリカから観光で来てる人が多くて、当たり前だけど観光地っぽいの。それにここはゴミが散乱してない!裏の方へ行けばそういう所もあったけど。そこでまずした事はね、銀行があったからペソを引き出してみた。この辺はドル払いが可能だから今すぐ必要ではなかったけど、メキシコの紙幣を見てみたかったし使ってみたかったし、いずれ必要にもなるしね。それになにより使うとだいたいのお金の目安も出来るからね。それを握り締めてスーパーでジュースを買う。いくらか聞いたらスペイン語だから分からないの。もっとも英語で言い直してくれたけど。それと腹が減ったからメシを。とりあえずいろんな料理があるんだけど、タコスを食べてみたかった。アメリカのファーストフードタコスはたくさん食べたけど、きっと味が違うと思って。ここサンフェリーペは海で海産物が多く採れるらしくてさ、エビとかアワビとかのタコスを食べてみたの。それを包む皮っていうのかな、それも選べて、小麦粉ベースのアメリカ風、トウモロコシベースの本場風があって、両方試しに頼んだけど、やっぱり本場風がウマイ。それにタコス自体の味もさ、アメリカのファーストフードのようなソースを使いすぎたハンバーガーの作りのようなタコスじゃなくて、もっとナチュラルな感じで俺にはこっちの方が合ってるね。人の食べるもんって感じ!!これは違う食べ物も次ぎは頼んでみないと。町自体の印象はね、アジアのように露店あり、お土産やありでなんとなく雰囲気にてるんだけど、活気がない感じ。人が少ないってのもあるんだけどね。でも町のいたる所から聞こえてくる音楽は気持ちいいね。でも食堂に「一曲いかがですか?」とかくるおじさんとか「お花買ってちょーだい。」ってくる娘さんや。「アクセサリーはいらないかい?」ってくるおばさんとかは、これで食べてるんだろうけど、なんていうか、ウーンって感じ。こっちとしては別に買う気はないし、食堂でメシ食ってるリッチな旅人なわけで、あっちはそれで食べなきゃいけない大変な人なわけで。それに隣で食べてたアメリカ人は、「ここは100年遅れてるぜ。文明も何もない。でもエビは新鮮で美味いぜ。」とか俺に話し掛けながら、スゴイ量の料理を食べてるこのギャップを見てるとさ、アメリカ人ってとか思っちゃうね。まあでもここはそれなりに成り立ってる町な気がする。さらに南下するとどうなるのかな。それにしても早くサボテンの地域まで南下したーい!それを見たいがためここまで来てるんだから。

それとドイツ人のライダーがメールしてくれたんだけど、「ここは何もかもが違ってすばらしい。」ってのは分かる気がする。アジア人の俺よりきっと彼らの方が全て違って見えるんだろうなぁ。

SAN FELIPEのモーテル(走行221km)

in Baja California

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海がキレイだね。

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漁村の人たち。

サンフェリーペを出る前にガソリンを入れたんだけど、朝町中で見かけたアメリカ人のオフロードバイク集団とあったんだ。そこで少し会話したんだけど、いやバハに魅せられてる人の多い事。俺もその一人ではあるんだけどね。まあ適当に話しを切り上げて南下しはじめたんだ。サンフェリーペの先はね、急に道が悪くなって舗装路なのにボコボコ穴だらけなの。クルマもゆっくり走ってるし、俺もそんなにスピード出せずに走ってたんだけど、まずここで大サボテンの木をたくさん見たよ。これを見たかっただけに嬉しかった。そしてもっと南下すれば、、と思って期待してたんだけど、サボテンはそこで終わって、岩ゴツゴツで草が少ししか生えてない山の中へ。道は舗装路なのに舗装路じゃなくなって、でもねこの辺までくるとさ、ゴミは少ないし何と行っても町がもっとメキシコ感が出てくるんだ。青い海とそれがすごくマッチしてさ、とても良かったよ。そこを過ぎたら、完全にダートになるんだけど、道は岩がゴロゴロしてるし、コルゲーションはヒドイし、ちょっとこのバイクだと大変だったかも。なにしろ長い道のりだから。スピード出せずにガッシャガッシャっていうバイクからの悲鳴を聞きながらも走っていくんだけど、ギャップに突っ込んだ時にナンバーとタイヤが干渉してナンバーが曲がってしまった。まあ干渉したのは理由があって、安いチェーンを使ってて、伸びまくるから、かなりギリギリのとこまでもうタイヤが後ろへ来ちゃってるからなんだけどさ。「永遠こんな道なのかなぁ。」と思ってたら、それでも少しマシになってきたんだ。それでもデコボコはヒドイんだけどね。それにしてもこの道はさ、海の青と空の青と岩の赤がすごく美しかった。

今日は野宿でもいいやって思いながら走ってたんだ。テントはもうないけど、どこでもキャンプ出来そうなこの環境はキャンパー心をくすぐられてさ。でも一応漁村に宿があったから聞いてみたんだけど、そこの漁師たちが宿兼レストランの前で話しをしてるの。何やら言われるんだけどサッパリ分からない。でもその後仲間が遊びに来て、宿の人も戻って英語が出来る人が来て通 訳してもらったんだけどさ、やっぱりスペイン語圏はスペイン語はなせないと面白さ半減だよ。昨日宿で挨拶くらいの会話は覚えたけど、いきなりスペイン語でさ質問浴びせられてもねぇ。そこにいた1番年上の老人は、「ここへ泊まるのか。ドラッグでもやるのか。」って聞いてきたんだ。こんなトコ借りてやったら絶対ばれなそうだし、実際そんなことしてるアメリカ人も多いのかな?まあ漁村だけあって、カキとかエビをとってる人とかもいたんだ。初のメキシコ人との会話で戸惑ったとこもあったけど、ビール飲みながら立派にここで生活しているメキシコ人と話しが出来てよかったよ。ここでいくつかのスペイン語も教えてもらったしね。ちなみに宿は高かったから、野宿を敢行を決意。一回はバハの空の下で寝てみないとね。

どこかで野宿(走行184km)

in Baja California

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サボテンがでかいよなぁ。

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通ってきた道。

野宿は快適だったんだ。マットもテントもナシだけど、寒くもなく、フト目が覚めると満天の星空でさ。でもこういう状況って朝早くに出発になっちゃうんだ。日の出と共に出発になったんだけど、この先は思い描いていたあのアウトライダーの表紙を飾ったバハカリフォルニアの風景がどこまでも広がっているんだ。なんて幸せなんだろう。サボテンは天高くそびえたち、空は青く。ダートを抜けると更にサボテンの数が増えて、「ああ来て良かった。」と心底思ったよ。

今日はGuerrero Negroって町まで来たんだけどさ、ここから南バハカリフォルニアになるんだ。ここは冬から春にかけてはホエールウォッチングで人がたくさん来るらしいけど、今の季節はあんまり観光客いなくてさ、ただのメキシコの田舎町って感じ。本土のメキシコじゃないから多少様子が違うんだろうけどさ。そうだこの町はね、世界最大だったかな、塩の産地らしいよ。日本にもカナダにもアメリカにも輸出されてるらしいんだ。定かじゃないけど、、。サンフェリーペとは違って観光でここの人は暮らしてるワケじゃないのはでも確かみたいで、お土産屋もないし、ちょっともう少し見てみたい感じを受けたんだ。サボテン見たらもうこの先は進まなくていいやとか思っちゃったから、ここをもう一日見て帰路につこうと思うんだ。

夕方早めにゴハンを食べにレストランに行ったんだけど、これがまた美味しかったな。一応料理の名前を学習してったんだけど、店で食べてる人のを見て美味しそうだったから、アレアレって指さして同じの出してもらったの。シーフードをふんだんに使ったこれまたアメリカの食事とは大違いの体によさそうなゴハンだったよ。カメラ持っていかなかったのをちょっと後悔だね。そうだ、その時にさ夕方仕事が終わって家に帰る労働者をたくさん見たよ。アメリカに居る時はいかに失業者が多いかってのを聞かされててたからそればっかり頭にあったんだけど、当たり前だけど働いてる人の方が目につくし親切な人が多いとも感じるね。たぶん国境近くの町以外は悪い人あんまりいないんじゃないかな。

それと重大な事件が発生したんだ。それはね、宿でコンピューターのコンセントを入れると少し火花が飛んで、コンピューターに電気がいかなくなってしまったんだ。ACアダプターの線をカットして懐中電灯でテスター作って調べたら、配線はちゃんとしてるみたいだった。同じく15vがちゃんと出てるか、つまりコンピューター側の問題かアダプター側の問題か調べたら、15vの電源がアダプターから出力されてないの。無理矢理アダプターの電圧変換部分を開けて見たけど、見た目は異常なしで分からないレベルなんだ。ヒューズは飛んでないしね。仮に分かったとしてもハンダゴテとかもないから直せないんだけどさ、これでアメリカでACアダプターを買うまでコンピューターが使えないって事に決定しちゃったよ。やっぱり振動でおかしくなっちゃったのかな。

Guerrero Negroのモーテル(走行255km)

in Baja California

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これも不思議な植物。

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Guerrero Negroの町。

コンピューターのACアダプター故障によって今日から当面 は紙に日記を書くことになっちゃった。後で再入力すること考えるとゾッとするなぁ。

この町(Guerrero Negro)自体は30分もあればメインの通りを一通り歩けるくらいの規模なんだけど、ちょっとじっくり回ってみたかったんだ。アレが水屋で、アレが雑貨屋で、て感じにね。それとスペイン語を少し勉強してみたから少しスマートにゴハンを注文出来ないかと思ってさ。それでまたスペイン語に慣れて勉強にもなるしね。とりあえず、高そうなレストランは英語で聞かれちゃいそうだから、昼間に屋台のタコス屋でチャレンジ。屋台が一番聞かれる事少ないような気もして楽そうだったしね。「魚タコスください。」「oooにする?xxxにする?」ここで少し焦ったけど、聞き取れたxxxにしてみたんだ。何て言ったかは忘れちゃったなぁ。それから「1個?」って聞かれたから、「いいえ2個。」って。数字も少しだけ覚えたから複雑じゃない数字ならなんとか分かったよ。そしたら無事ちゃんとしたタコスが出てきたから、薬味とソースを好みでかけて食べた後にお金払って立ち去ったの。ウーンたいした事じゃないけど達成感だね。メチャメチャ簡単な事しか言ってないけど、ほとんどの人がスペイン語しか話せないからね。やっぱりスペイン語覚えると楽しいよって思うよ。もっとも何の下地もないから1からやるのはすごく大変だけど、金額を聞かなきゃいけないから数字だけはもっと早く完璧にしとかないとね。

それから夜は少し高そうなレストランへ行ってみたの。シーフードの料理を美味しくいただいたよ。でもその店にはたぶんある程度のお金を持ってる人しかこれなくて、窓から外を見ると屋台のタコスをほおばりながら仕事してる人達がいるんだ。でもこの辺はまだメキシコの中でも貧困の地域じゃないから、まだ貧富の凄い差は感じないけどね。

キリスト教の集団の行進も見たんだ。音楽を流しながらね。メキシコはクリスチャンが多いってのを実感したよ。よーく人を見てると町中でも十字架のネックレスをしてる人も何人かいたしね。でもその集団がキリスト教の何派かはワカンナイけど、カソリックじゃない気はする。行進中に流してる音楽がラテン的なノリの良い曲だったからってのが理由なんだけどね。

Guerrero Negroのモーテル(走行0km)

in Baja California

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コーヒーを売るおばさん。

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軍の検問で。

今日はいっぱい走らなきゃいけなかったんだ。途中にも宿はあってそこで泊まれば無理なく走れたんだけど、なんか中途半端な気がしたから次の町まで行こうと思ってさ。

モーテルを出てビックリしたんだけど、空が曇ってるんだ。昨日宿で働いてる人がどうやら「今日は良い天気ね。」って別のお客と話してたみたいなんだけど、バハっていつも晴天ってイメージがあったからホントに天気の話しなのか疑問だったんだけど、スペイン語だしさ。でも今日の天気でナットクしたよ。

途中まで一昨日通った道を戻るんだけど、州境で軍の荷物チェックを受けたんだ。何もやましい事はないからちょっとチェックされて通 過なんだけどさ、一体何を調べてるんだろう。麻薬かな。

ガソリンを途中で入れたんだけど、そこにクルマで来て商売してるオバチャンがいたの。ガソリンスタンドに寄る客に食事はどうって聞いて商売してるんだけど、ブリトーがあったからそれを食べたんだ。そしたら「コーヒーは入らない?」って聞くから、ちょうど飲みたかったし「いる。」って言ってもらったんだ。少し値段が高かった気がするけど、でも1ドル以下なんだけどさ、まあこのオバチャンの素晴らしい笑顔と素晴らしい商売根性に感動を覚えたよ。

その後は腹も膨れて快調にサボテンと何ていう植物なのかな、ゴボウを逆さまにして色を白っぽくして2m−5m位に拡大して一番てっぺんに黄色い葉っぱをのせたヤツ、その間を走り抜ける。そこの風景が現代にいる感じがマッタクしないでさ、そうだなぁ恐竜でもいそうな感じなんだ。急にポンとこの風景の中に連れてこられたらタイムスリップみたいに思うんじゃないかな。

そして今日2度目の軍のチェックを受ける。聞かれたことは「スペイン語はなせるか?」っていうのと「どこから来たんだ?」って事だけなんだけど、何人かいる内の1人の兵隊さんは若くてさ、俺のバイクを見るなりはしゃぎまくるんだ。大きいバイクはかなり見てるけど、この手のバイクが好きなんだろうね。「乗らせてくれよ。」とかも言われたしね。こんな事してて上官に怒られないのかこっちが心配しちゃったよ。でもなんかオチャメな奴っていうか軍のカッコして銃を持ってはいるけど子供なんだよね。でもなんか憎めない感じがメキシコ人って感じだったな。

今日泊まろうと思ってた町にはなんと宿がなかったんだ。いや正確には一軒は工事中で、もう一軒は今はやってないって事なんだけど。手前の方にRVパークがあったから、そこでキャラバン借りるってのもアリかなと思ったけど、そこもやってるか怪しそうだったから思い切って次ぎの町まで60kmを走ることにしたの。でもその60kmが長かったんだ。だんだん陽が暮れて来てさ、すかっり暗くなっちゃったんだ。俺のバイクはライトは暗くて前が見づらいのはまだいいんだけどさ、気がつくとテールライトが点いてないんだよね。でもブレーキランプをつきっぱなしの状態に調整しちゃえばいいやと思ってやってみたんだけど、それもつかないんだ。そしたらフロントライトも球が切れた。それはライトを上向きで走ればいいんだけど、テールランプには参った。朝は点いてたんだよ。これはきっと配線かもと思ってさ、それに後20km位まで来てたから、ウインカー点けながら走って後ろからクルマが来たら避けて止まる事に徹しながらゆっくりと確実に追突されないように町まで走ったの。町でもアメリカのようにネオンが輝いてないから、宿を見つけるのに少し苦労したけど無事チェックイン。正直な所「何も起こらなくて良かった!」メキシコはさ、ライトが片方点いてないのも当たり前だし、そのライトも上向きすぎたり下向きすぎたりだからさ。

宿でまず球自体を調べたら、球が切れてた。ちょっと予想が外れて「これだったらその場で直せたじゃん!」とか思いながらも、交換だけですんで良かったとも思ったよ。それとテール球のスペアを日本から買って送ってくれた勝間田さんにタダタダ感謝だったよ。

San Quintinのモーテル(走行424km)

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