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RG50Γ初期型に乗っていたのは高校生の時。
すでに原付のリミッターによる60kmの規制がはじまっていましたが、
このバイクには90kmの速度メーターが付いていて、メーター読みで95kmを出す事も可能でした。

ブレーキもたいして効かないのに、限界まで出せてしまうスピード。
そんなバイクに、筆記試験だけの原付免許で乗れてしまうという・・・。

おまけに当時は、法律的には原付はヘルメットをかぶらなくても良かったので、
ノーヘルで乗ることも可能でしたw

そんな背景で、事故も多かったのでしょう・・・。
原付でもヘルメットの装着が義務になり、過激なスペックは自主規制されました。

そのおかげで、初期型は2型以降と比べて人気がとても高かったわけです。
あまり格好よくない初期型の正三角形のウインカーは、ステータスでした。

このバイクには、なんだかんだ長い事乗っていたので、
街乗りはもちろん、箱根や富士山へツーリングに行ったりも楽しみました。

山へ行くと、どんだけエンジンを回しても、明らかすぎるパワー不足ででした。
そして、だんだんと中型に乗りたくなってくるわけですが(笑)

最高速を追い求めた原チャリは、たしかに95kmはでますが、
トルクは薄く、どのシーンでも速いわけではありませんでした。

そんなバイクに今乗ったら、どんな印象を受けるんでしょうね?
ちょっと乗ってみたい気分です。欲しいとは思いませんが・・・w

 

先日、千葉へツーリングに行った時、昭和レトロなかわいい簡易郵便局みて、
80年代後半・90年代前半に日本中を走り回ってたころに
旅のために郵便局に口座を作ったことを思い出しました。

今はどこの銀行でも、たいていのATMでお金の引き出しができます。
銀行へ行かなくても、コンビニでも大丈夫です。

当時は、基本的には同じ銀行のATMでしか使用することが出来ませんでしたので、
全国にまんべんなくある郵便局は、旅する人にとって、とても便利な存在でした。

たいていの町にあり、そして田舎の村にもある、
ATMで全国どこでも自分の口座から引き出すことが出来るのは、郵便局だけ。

小さな町にある郵便局は、まだATMが設置されていないところも多かったですが、
局員さんにカードを渡せば、引き出しをすることもできました。
長期の旅をした人は、郵便局を便利に使っていたのではないでしょうか。

 


October,1998  Honda XR100

すでに時期は秋。
霜がおりはじめて寒くなってきた標高が高い地域から、
標高の低い地域に移動しながら、西海岸を目指して快適な温度で走っていました。

その途中にあったのが、デスバレー。
もっとも低いところが海抜マイナス86mで、
夏の気温は50度を超えるらしく、最高気温56.7度を記録したこともある死の谷です。

death Valleyという名前から、
なんとなく断崖の間にある谷をイメージしてしまうのですが、地形は広大な盆地です。
(盆地という意味もあるようですが)

その盆地へと続く道を降りていくと、どんどん気温が上昇していきます。

すでに11月に近い時期でしたが、
暑さでライディングジャケットは荷物にくくりつけ、シャツ1枚で走っていました。
もちろん、観光客はみな半袖短パンです。

11月間近で真夏の暑さ。
真夏は暑すぎて、年間何人も亡くなっているほどで、
熱中症にすぐなってしまったり、本当に体が危ないらしいです。

エアコンもないゴールドラッシュの時代、そんな広大な盆地へ迷い込み、
暑さと飢餓と水不足に苦しみながら、何日も何日も歩き続けなければならなかったら・・・。
生き残った人が脱出時に「グッバイ・デスバレー」と言ったのも分かる気がしますね。

ここはやっぱり「死の盆地」ではなく「死の谷」だなと思いました(笑)

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