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1998年07月15日

in Alaska

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北極圏の成功と風邪ひきさんの為に。

今まで宿には日本人はほとんどいなかったんだけど、今日はヤケに多かったんだ。その一人にロサンゼルスに3年位住んでいて、今度アラスカ大学へ行きたいっていうヤツがいたんだよ。何でこんな寒い所へと思ったんだけど、アラスカ大学っていうのはレンジャーになる為の資格っていうか、そこで学んだ人のレンジャーの為の講義はかなり優遇されているっていうの?うまく説明できないけど、レンジャーになりやすいんだって。彼はパークレンジャーをもちろん目指してるんだけど、アメリカでパークレンジャーに日本人というかアメリカの市民権を持っていない人ってそうとう厳しいらしいよ。まずパークレンジャーになるためには、市民権がないとダメっていうのは、パークレンジャーって要は国家公務員みたいなものなんだって。そして、今日本人がアメリカの市民権を得ることがとても難しいんだ。彼はかなり奇跡を信じてやるみたい。

彼ともう一人、病気にかかってる人も一緒に話してたんだけど、彼はアメリカに住んでいただけに、アメリカの現実を良く知ってるから、「ほとんどなれないものを目指してもダメなんじゃないの。なれるものでやりたい事を探して勉強したほうがいいんじゃないの?」って言ってたけど、俺は彼にがんばって欲しいね。最初からあきらめると後悔するからさ。

そうそう彼らがアメリカの事について話してるのは面白かったよ。アメリカって健康保険みたいのがないんだって。何十万円までは完全に自己負担で、それからやっと何割かの負担でよくなるらしい。あとHMO?だったっけなちょっと問題になってる機関のこととか、住んでないと分からない現実をいくつか聞けたんだ。

ちょっと重い話になるんだけど、日本人のボランティア精神は全くないと思う?病気の彼と話したんだけど、例えばその病気こ講演会みたいのを開いて最後に「協力してくれる方は挙手を。」って尋ねたら、何十人もの人がいて、病気で苦しんでいる人がいる現実を知りながら、すぐに手を挙げてくれた人は一人だったんだって。悲しい現実だけど、彼に「俺もきっとすぐには手をあげられない。」って答えてしまった。なんでだろうって考えるとさ、自分の生活も危ういのに人の事かまってられないんだよね。旅をしてる今でさえ「帰ったらどうしようか。」なんて考えてるくらいだからさ。日本の人ってやっぱり余裕がないのかな。俺は他人のことに無関心な日本でずっと生活してきたから、逆にそれが心地いいんだけど、彼が「日本に対していいイメージをマッタク持ってない。」っていうのも分かるよね。でも彼は日本人だから、日本を好きになりたいとも言ってたけど、日本ってやっぱり障害者に対して冷たいという現実はたしかにこっちにいると分かってしまう。でも俺がもし日本に帰った時に、そういう現実を知りながら何かするかっていうと、きっと何にもしないよね。まず自分のことから片付けなきゃいけないからさ。それでも「困っている人がいたらなるべく助けるようにはしよう。」とは思えるんんだけどね。ああ今日はちょっと落ち込みぎみだぁー。

Billie’sテントサイト(走行0km)

1998年07月14日

in Alaska

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夜1時くらいでこの明るさ。

もしかしたらタイヤが来てるかもと思ってさ、バイク屋へ行ってみたんだ。でもね、やっぱりまだ船の中だった。もうやることないからさ、一日中日光浴してたんだ。もうヒマだよー。ここの宿に泊ってる人達は確かに良い人達ばかりだし、宿のおばちゃんもほとんどのツーリストが人柄にひかれるような人だから、ここにいて辛いってことはないんだけどね。

そういえば昨日から、テントサイトへ移ったんだ。この地方のこの季節って白夜なんだけど、あんまり良いもんじゃないね。高校の時か中学の時か社会かなんかの教科書の白夜の写真がキレイで、いつかは見て見たいっておもってたんだけどね。日没や日の出はあるんだけど、太陽があまり沈まないから、夕方になって朝方になるって言ったほうがわかりやすいかもしれないね。確かに一日中ランタンなしでキャンプ出来ちゃうのは感動もんなんだけど、いつまでたっても明るいから、寝れないでしょ。時間の感覚がなくなっちゃう。犯罪の低減には役立ってるかもしれないけど、飲みに行っても気分でないんだ。こっちの宿ってなんとなく部屋が薄暗く作ってあるんだよ。初めて泊った時は薄暗いなぁって思ったんだけど、そうじゃないと寝れないんだねきっと。

Billie’sのテントサイト(走行0km)

1998年07月13日

in Alaska

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10人でピザハットへ。

やっぱり予約も入れたし、見てから帰ろうって思ったんだ、朝の時点ではね。でもキャンプ場でもう一泊したいって頼んだら、キャンプサイトを移らなきゃいけないって言われたんだ。もうホントにこの場所にいるのが嫌になってきて、予約はキャンセルしてフェアバンクスへ戻ろうと決心したんだよ。観光地って俺の今回の旅ではどうでもいいんだけど、やっぱり「もったいない。せっかくここまで来てるのに。」って思っちゃうんだよな。俺はあんまり観光地を見たいとは本心からは思ってないんだけどさ、どちらかっていうと人と話してるのが楽しいし、今の俺には面白いんだ。でもやっぱり来たら行ってみないとって思っちゃうのは日本人の性なんだろうかね。でもあまりについてない事が続くからさ、もう一回出直そうって思って、戻ることにしたよ。
フェアバンクス自体は何の変哲もない田舎町なんだけど、きっと泊ってるところがいいんだね。「ほっ。」とするんだ。

宿にもっどって、アメリカ人とオーストラリア人とニュージーランド人とイスラエル人と日本人の俺総勢10名でレストランに行くことになったんだ。最初はレストランに行ったんだけど、高すぎるからって結局ピザハットになってしまった。ちょっと残念!でもねその時に会って話しをしたアメリカ人の一人が両親が中国人だったんだ。つまりどこからどう見ても、アジア人なんだけど、アメリカ人なわけね。ちょっと人種差別とか聞きたくて話したんだけど、大きい街はいろんな人種がいるし、アジア系もいっぱいいるから問題ないって言ってたけど、中央とか南アメリカは考えるのも嫌みたい。やっぱりそうとう差別を受けたことあるんだろうなって分かってしまうよ。彼はアメリカで育ったから自分はアメリカ人と思ってるんだろうに。俺達はアメリカ=差別(人種問題)だけど、こっちに住んでる人にしてみたら、州によってずいぶん差別の度合いが違うみたいね。でもやっぱりアメリカより日本のほうが差別は激しいとおもうけどね。日本人なんか日本以外のアジア人を相当毛嫌いしてるもんね。フィリピン人とかイラン人とか特にね。そういう俺だってやっぱり多少の差別はしてると思うから、何にも言えないんだけど、長期間の旅の内にはそういう差別を自分が受けることもあるから、「ああ日本にいるアジア系の外人はけっこう辛い思いを味わってるのかなぁ。」って思ってしまう。ほんとのところアジア人嫌いの人はアジア人と話す機会すら持ってくれないから、ちょっと残念だな。まあアジア系のアメリカ人とは話したの始めてだからちょっと面 白かったね。

Billie’sのテントサイト(走行237.3km)

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