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19900430

1990年5月GW
<Route>
横浜→八幡平→田沢湖→十和田湖→奥入瀬→八甲田→脇ノ沢→大間→尻屋崎→八戸→横浜

 

寒さに震えながらのGWツーリング

学校のゴールデンウィークの休みの期間を利用して旅をプラン。
前回は南へいったからという簡単な理由で北を目指すことにする。
横浜はだいぶ暖かくなっており、僕は北へ行っても同じように暖かいんだろうなと漠然と思っていた。
そして学校が終わったその日、夜の8時くらいだったろうか、
出発し走って行った東北自動車道はとても寒かったのを良く覚えている。
今では考えられない風を通すただのジャンパーで寒さに震えながらの東北ツーリング。
東北ツーリングの為に購入したテントやシュラフなどのキャンプ道具は、
サービスエリアでのビバークでしか使わなかった。

 

横浜→八幡平-田沢湖-十和田湖-奥入瀬-八甲田

八幡平のインターを降り、僕はツーリングマップという地図で気になっていたアスピーテラインに入りました。
素晴らしい景色と道を進めば進むほどそびえ立っていく雪の壁にビックリの連続でした。
頂上のレストランでは雪までちらつき始め、
もう一人そこにいたライダーと暖かいコーヒーを飲みながらなかなか出発できなかった思い出があります。
奥入瀬渓流も地図で気になっていたところなのですが、新緑にはまだ遠くちょっとガックリでしたね。
でも若さからか「もっといい時期に絶対来てやる」と思いました。
そう思わせるくらいに素晴らしい所だと思ったのでしょう。
体の冷え切った中に出現した酸ヶ湯は温泉がどううのというよりも、
ただただ体を温めてくれて感謝の気持ちの方が大きかったように思います。
またそこを出発すると八甲田で僕の体は冷え切るのですが・・・

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アスピーテラインにて

 

 

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雪はまだまだ高くなる

 

 

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十和田湖

 

 

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奥入瀬渓流

 

 

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酸ヶ湯

 

 

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八甲田

 

 

 

八甲田-脇ノ沢-大間-尻屋崎

脇ノ沢は北限のニホンザルで有名です。
今もサルは北上を続けているらしい。
この時もエサが少なくなったのか、たまに民家付近で畑を荒らしたりと悪さはしていたようです。
そして今ではすっかりきれいになったR338を北上。ここはまだダートでした。
道の雰囲気は素晴らしいもので、ダートでの人工物の少なさ、
自然な感じがすっかり気に入りオンロードバイクでダートへ足を踏み入れるキッカケになった所でもありました。
本州最北端はお土産やくらいしかないのですが、最北まできた感動は忘れませんね。
それから遠く見える北海道へ行くという夢を馳せていました。
それからすぐに行った尻屋崎は僕に北海道をより彷彿させてくれる広い牧場がありました。

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脇ノ沢から大間に向かう

 

 

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仏ヶ浦

 

 

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本州最北端

 

 

 

尻屋崎-八戸-横浜

なぜだか僕は八戸にいってみたかった。よくよく考えると子供の頃にやったゲームに影響されたんじゃないかと思います。
日本一周を電車でするゲーム。ゲームの名前は忘れました。
双六ゲームなのですが、八戸は漁港の町・うまいものが食えるみたいな情報をそこで与えられていたんだと思います。
だからわざわざ漁港にいって黄昏れた記憶があります。
僕は結構漁港には縁があって、高校の時に伊豆で漁に一緒に出ないかと誘われたり、船に乗せてもらったりしました。
八戸で話しをしたおばちゃんも妙に素朴でよかったなと思い出しますね。
黄昏れた後は、もう帰らなきゃと思っていました。
しかしまだ少しでも時間を旅に費やしたいと撫島まで行くことにしました。
そこにはウミネコがいっぱいいすぎて、凄いけど気持ち悪かったように思います。黄昏れて帰っておけばよかたと。

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八戸

 

 

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ウミネコの繁殖地

 

 

 

走り終えて

6日という時間がアッという間に過ぎてしまいました。
それだけに東北は見残した所やまた行ってみたいと思うところがいっぱいあって、
これから僕を何かというと東北へ行くという状況を生み出すのです。
そしてゴールデンウィークの山は寒いということを実感した旅でもあり、
これからの旅の服装にもだんだんと気を使うようになっていったのもこの旅からなんだと思います。

19900301

1990年3月7日-4月2日 23日間

 

初めてのロングツーリング

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九州にて

北海道から帰ってすぐに僕はツーリング用にバイクを買っていた。
そして休みに近場をウロウロしながら、
「春休みにはどこへ行こうか」という気持ちでいっぱいだった。
とにかくバイクで遠くまで走りたかったのだろう。
僕は、ツーリングの期間がまだ春先ということもあって、
四国・九州を回ることに決める。 400ccのバイクを手に入れ、
「これでどこまでも走っていける」という、
バイクで走りたくて走りたくて仕方がない時期でもあった。
四国を通り抜けて九州まで行くというのが僕の目標。
春休みにはいると僕はすぐに旅の支度をして、
KAWASAKIのZX-4にまたがり出発することになる。
僕はまだ学生でお金もなく、横浜から神戸まで高速道路を使わずに姫路まで夜中ぶっ通しで走る。
途中の鈴鹿付近の名阪国道では大雪に見舞われ、
トラックがたくさん走る真夜中の道を、手をかじかませながら走りきったのは懐かしい。

<Route>
横浜→姫路→小豆島→高松→琴平→大豊→大歩危→徳島→室戸岬→高知→大豊→四国カルスト→中村→足摺→宿毛→宇和島→松山→佐田岬→別 府→やまなみハイウェイ→北九州→山口→萩→鳥取→京都→奈良→横浜

 

横浜→小豆島→高松→大豊

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小豆島・寒霞渓

 

 

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琴平

 

 

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かずら橋

 

 

なんとか朝方に僕は姫路に到着し、小豆島へフェリーで渡りました。
寒霞渓は素晴らしかったが、正直なところ僕はあまりの眠さで記憶が薄い。
それよりも四国へ渡り、なんの変哲もない農村が「ああ僕が小さかった頃って横浜もこんな風景だったな」と
ものすごく懐かしいものに感じた覚えがあります。
それから、四国の大きな町中にコンビニエンスストアを全くと言っていいほど見かけなかったのも
僕の中に凄く印象に残っていますね。
酒屋や個人商店がたくさんあり、それがまた「四国って昔の日本がそのまま残っているな」という
素朴な印象を僕に植え付けました。

 

大豊-徳島-大豊

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R439

 

 

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徳島・藍染工場

 

 

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京柱峠

 

 

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四国の川は水がきれい

 

 

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霧石

 

 

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梶ヶ森・NEMOさんと

 

 

大豊にある定福寺というお寺がユースホステルをやっていました。
ここのユースホステル、現在はヤメてしまっているのですが、当時は大変な賑わいをみせるユースでした。
この定福寺ユースホステルでは、五大修行という名のもとに、大豊付近の観光を紹介していました。
観光とはいえ、修行と名がついているだけあって、五大修行の内容は結構本格的。

[1]徳島〜中村(大豊からどちらかでよい)までの山沿いを横断する国道439号線を400km走破する修行
(バイク・クルマ・自転車・徒歩なんでも可)
[2]標高1100mの京柱峠を越え、祖谷渓に沿って自転車で90kmを走る修行
[3]ユースから見える標高1400mの霊峰梶ヶ森山頂への登山する修行
[4]寺、神社、大杉の三代史跡と、名物の霊能者を巡る自転車で60kmを走る修行
[5]絶壁にそびえる霧石という石まで歩いていき岩の上で瞑想をする修行
[6]季節限定の福寿草を見にいく修行があった。

このユースホステルは自らを笑い地蔵共和国と名乗り、3つの修行を終えて五泊していると、
その国の国民栄誉賞が、全ての修行をやると人間国宝になれるというものでした。

僕はただ徳島や室戸に行ってみたかったので、ついでのつもりでこの修行を始めることになります。
まずは国道439号線を走破。山にはまだ雪も残っている国道とは思えない道をただ走る。
途中、スキー場があったのは少しビックリしたかな。
僕は四国にスキー場なんてあるもんだとは知らなかったから。

徳島へ無事に僕は到着したあとは修行のことは忘れ、行ってみたかった藍染め工場へ。
徳島ではここが非常に印象的でしたね。
絞り染めを作れるのだがあまりに面 白く、二日連続で行っったほどでした。

定福寺に戻り、一つ目の修行の紙をもらうと、2つ目もやりたくなり、3つ目、4つ目と修行を繰り返す内に
九州まで走りに行きたいという僕はどこにもいなくなっていました。
知らぬ間に人間国宝になるまで修行をしていましたが、国宝がどうこうというより、
ただオートバイで走り去るような所にも素晴らしい所がいっぱいあると実感したことを覚えています。

またここでは、今でも家族ぐるみでキャンプなどに遊びに行っているNEMOさんと出会った場所。
彼は僕よりも年上でしたが、限定解除のススメをされたり、
後々かなり影響をされた人物に遭遇したのは間違いないだろうな。

 

大豊-四国カルスト-中村-足摺岬-松山

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四万十川

 

 

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沈下橋

 

 

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足摺岬

 

 

五大修行を終えるとハッと我に返ったところがあったように思う。「僕は九州まで行きたかったんだ」と。
修行で楽しい毎日で、正直なところ定福寺で旅を終えてしまってもいいやと考えてはいたものの、
なんとなくやっぱり他の所へ行ってみたいという気持ちが抜けてなかったのです。
バイクで走り始めると人との会話が急に減って寂しくもなったが、
見てみたかった四万十川や沈下橋は「ああ出発して良かった」とも思う
なんだか吹っ切れない自分がいたのを良く覚えています。

 

松山-北九州

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やまなみハイウェイ

 

 

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太宰府天満宮

 

 

僕はどうしても九州に行きたくて、時間がないにもかかわらず、フェリーで九州に渡ることにしました。
見たところといえば、走ってみたかったやまなみハイウェイだけでした。
今考えると、時間もないのだから、ゆっくりと四国を見て回れば良かったとも思いますが、
やっぱり走りたかったんでしょうね。
走りたかったといえば、北九州で会った女の子のライダーは
二日間で東京から北九州までやってきたという人がいました。
高速道を使ってとはいえ、大変だったと思います。
その子は「とにかく九州を走りたかったから」と言っていました。
こんなことをアッケラカンというライダーこの頃はとても多かったような気がしますね。

 

北九州-鳥取-京都-奈良-横浜

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秋吉台

 

 

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出雲大社

 

 

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鳥取砂丘

 

 

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京都・嵐山

 

 

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奈良

 

 

九州から、自宅へ戻るのにも僕は自走しか考えていなかった。
北九州で会った女の子にも影響されたのだろうか、自走しか考えられなかった。
そして、秋吉台を見た後、僕は日本海側の道を走ることにしました。
ゴミゴミしていると思いこんでいる山陽を通りたくなかったから。だから山陰の道を選んだのです。

山陰は、何にもなく、風だけが強く、
陽でなく陰というふうに呼ばれているのも納得できてしまうような雰囲気。
ただひたすら走って鳥取についたという感じ。
京都、奈良では途中で出会った旅人と落ち合った。
それから僕が花博に行った日に乗り物が落ちるという大事故があったのを良く覚えています。

 

走り終えて

走りの旅を満喫するつもりが、一カ所に長く滞在するという意外なことになったものの、
滞在型の旅というものを覚えた旅でした。
広く、薄くという旅でなく、同じ所でじっくり見る旅もまたいいものだと感じました。

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