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1995年02月07日

パース→ドーニーブローク(12月4日〜2月17日)

<朝7時の出会い>

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話題を呼んだ謎の女性

俺はキャンプ生活の名残で、朝の6時30分には起きていた。飯を食い、シャワーをあびると朝7時。この朝7時にシャワールームでここ何日も一人の女性といつもすれちがっていた。当然、あいさつが俺の日課となる。ちなみにワカメちゃんも毎日7時ごろ彼女を見ているらしい。朝7時の謎の女性、正体はこの宿でバイトをしているだけだったのだが、夕方彼女に会った時、話しかけてみた。「名前は?どこから来たの?」など簡単な事から徐々に聞いていく。よくツーリングの先々で皆がやることだ。ただ違うのは、相手が外国人女性ということで、少し勇気がいるということ。彼女は日本人の男性に話しかけられたのは初めてだと言っていた。彼女が日本人であったらすぐに日本人の男がよって来るようなカワイさだったが、やはり言葉の壁が邪魔をしているようだ。俺は言葉はたいした問題じゃない、最初の勇気だけだと思うのだが。まあそんなキッカケでたまに話しをするようになっていった。

 

<小排気量車の欠点>

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KMANさん

旅立つワカメちゃんはクリスマスを待たずにパースを出るらしい。CTが遅くて、ビザがあるうちに一周出来ないので仕方なく出発するそうだ。こうなると小さいバイクも考え物だ。小排気量バイクで一周に羨ましさはあったが、俺は長くいたい所では長く滞在したい。とにかく彼は出発するのだ。もう彼とはオーストラリアで会わないだろう。豪勢な晩飯を作り、お別 れパーティーをした。翌朝、彼の旅の成功と日本での再会を願いながら、彼の旅立ちを見送る。

 

<パーティー三昧>

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パースの楽しい日々

ワカメちゃんが去った後、俺は朝7時の女性のラトナーに誘われ、パーティー等のイベントに参加したのをキッカケに宿に宿泊している外人達と親しくなっていく。学生の頃にもどったかのような飲みっぷりと、酔った勢いで、得意のデマカセ英語を使いまくる。彼らも楽しく一緒に過ごせるやつは日本人だろうがなんだろうが関係ない。この宿にきてから、2週間後には俺は知らない人のパーティーにまで誘われるようになっていた。そこでの話しだが、ドイツ人の人に、「こういうパーティーに日本人が来ているのを初めてみた。日本人は外人と会話をしたがらない。おまえらは日本人どうしで固まりすぎだ。」と言っていた。俺はもちろん反論したが、そうなのだ、彼らからはそういうふうに見えるのだ。俺達の立場から見ると、英語がはなせず中に入って行けないだけなのに。ヨーロッパ系の人もいい加減な英語を使う、正確な英語でなくてもいいから、ノリのいい英語を使う事が、友達を作る秘訣だ。何度もいうが、言葉はたいした問題じゃない。クリスマスを宿の仲間と過ごし、新年もパーッとビーチで騒いだ。毎日がパーティーで、楽しかったし俺の英語も飛躍的に伸びた。しかしそのお陰で、お金がヤバイ状況になってきていた。『働くしかない!』俺はどこで働くか検討中していた。そんな時に友達のオーストラリア人も金がなくなり、農場へ働きにいくという。お金をてっとりばやく稼ぐのに、農場は都合がいい。俺も彼についていき、一緒に仕事を探すことにした。

ついにこの宿を去る時がきた。宿に宿泊しているほとんどの人ともう知り合いになっていた。飲みにいったり、スポーツしたり、いろいろな想い出があった。少し寂しいが、お金が無いのだから仕方ない。特に親しかったラトナー、ウッディーとジャスティンに再会の約束をし、新たなる滞在地ドーニーブロークへ向けて旅立った。

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パースの街

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宿の12:01

 

<働く>

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イリゲーションの仕事を始めた

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果樹園での愛車

パースからドーニーブロークまでは200km程しかない。アッと言う間に町へついた。宿をすんなりと決め、部屋はパースからの道連れ、ハスとウェインと同じ部屋になった。ちなみに部屋は6人部屋だった。6人部屋を3人で使えるのは気持ちいい、それにパースの宿よりもここの方が清潔でいい感じだ。

翌日からハスの車で仕事探しを始めた。何件かの農場を回り、ハスは一つ仕事を打診したらしい。それはトラクターに乗る仕事だった。あと二人分の仕事を得なければならないが、なかなかない。結局この日は一つの仕事しか得ることができなかった。その翌日もまた農場を回る。ない。今は収穫のシーズンじゃないので、あまり仕事がないのだ。数日後ハスは仕事に就き、ウェインも仕事を得た。焦る。毎日毎日バイクで農場回りだ。オーストラリアでは何度も足を運ぶと仕事が貰えるらしい。俺も一週間後には何件か仕事を得られそうな所を見つけたが、最終的にはハスの紹介で同じ農場で働くことに決めた。自分で探した所より給料が良かったからだ。

 

<パースへの小旅行>

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沖縄旅行からの友人トシと再会

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ラトナーとお別れ

約1か月半もの間俺はここで働くことになる。俺の仕事はイリゲーションといって、スプリンクラーの移動と設置だ。仕事の事は思い出したくないのでさておき、この間に俺はパースへ行く用事が出来て、休みを利用してパースへ行く。事情があって俺の仲間は宿を移っていたが、再会でき、話し込む。その時日本人に「外人と話しているから日本人じゃないと思いましたよ。」といわれた。なんだかむしょうに寂しさが込み上げて来たが、とにかく知った仲間と飲みに行く。信じられないがほとんどの人がまだパースにいたのだ。それに、どうやら今日はたまたまラトナーの誕生日だったらしい。彼女に「タカ、プレゼントは?」と言われたが、プレゼントなんて無かったので、歌を歌った。すごく恥ずかしかったが、また一日パースでのいい想い出が残った。

 

<男性と女性>

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月〜土まで12〜14時間働く

ドーニーに戻り、また辛い日々が続く。俺はオージーとペアを組んで仕事をしていたが、相棒がやな奴なのだ。『思いだしたくもない!』そんな俺の楽しみは仕事後の宿でのだんらんだった。

空いているベッドに女性が来た。彼女達はイギリス人2人とオランダ人1人で、トランプしたり、仕事のグチをいいあったりと、いい友達になっていった。ところで彼女達も日本人男性と話すのは初めてだったそうだ。よく日本人男性は人気がなく日本人女性は人気があると言われているが、日本人男性は人気がないなんて大ウソだ。確かに日本人男性が外国人女性と仲良くなるということは少ないのだが、また日本人女性は人気があるといわれるが、外人男性がただ声をかけるからということらしい。別に彼女ら外人女性も、日本人を嫌っているわけではない。いやむしろ、日本に対して興味を持っている人が多いくらいだ。日本国内でも、女性から男性に声をかけることは少ない。国外でも同じことで、男性が女性に声をかけなければならないのだ。これに気がついてからは男性女性の区別 なく友人が出来はじめた。

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