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1995年02月28日

ドーニーブローク→ナラボー(2月)

<再び旅へ>

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高い木と緑が印象的

社長にやめる事を告げた。農場の人々は親切だった。俺の相棒をぬかして。相棒ともう顔をあわさないですむ事も嬉しかったが、なによりもまた一周への旅へ出られる事が嬉しかった。ドーニーの宿に気心が知れた人はハスだけになってしまった。皆、金が貯まるとサッサと出ていくからだ。ウェインはニュージーランドへ行ったし、同室の彼女たちは、より金のいい農場を見つけ、パンバートンという町に移動した。俺は何の未練もなくドーニーブロークを後にしたが、心の中でもう一度パースへ行こうと決めていた。

もう知り合いは少ないだろうが、ラトナーがまだいる事は知っていた。そのため彼女に会いたいという事もあったのは確かだが、俺の古くからの友人がパースへ来ていたのだ。久し振りに思い切り日本語を話す。俺はここ2か月間日本人との接触があまりなかったので、ホッと一息ついた気分だった。思うに、日本語を話さずにずっといるとノイローゼになってしまうのではないだろうか。とにかくパースで友人と食事をしてラトナーにサヨナラを言う。いつの日かの再会の約束をして…。
想い出の街パースを後にしてまたキャンプ生活が始まった。この辺は涼しいからキャンプがしやすい。ダーウィンからブルームの間は暑かった。夜中に喉がカラカラになって何度も起きて水を補給しないとダメという状況だ。それにくらべれば、何日でもキャンプできそうだ。しかし突然話し相手がいなくなり一人の寂しさは数日間俺をつきまとった。

 

<パンバートンでのこと>

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はしごでのぼる

パンバートンという町に61mもの高さを登れる木というのがある。この木は昔ブッシュファイヤーを発見するために使われていた木で、木に棒が刺さっているだけなのだ。もちろん落ちたら自分の責任ですよという看板まである。木には簡単に登れたが、非常にあぶない木だ。

この町では木登りの他にもう一つ楽しみがあった。そう、この町で移ってきたドーニーで同室だった人達に会うことだ。夜になったら宿へ訪ねようと思っていた時、彼女らには偶然にも町に一軒のスーパーマーケットで再会を果たした。夜、彼女達と昔話に花が咲く。皆でドーニーのハスにも電話した。『この先ここまでいい出会いは無いだろうな。』ある程度長期間滞在をしないとなかなかいい友人は出来ない。うわべだけのつきあいで終わってしまうからだ。

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ドーニーで同室だった人達と再会

 

<観光地で思ったこと>

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ウェーブロック

「ウェーブロックへ行くべきか。」俺の頭は心に何度も問いかけていた。情報ではウェーブロックはたいしたことはないという事だった。それにそこへ行くにはルートを外れ、数日を費やさなければならない。正直なところ、このころ俺ははやく一周を完結させ、また友達をつくり騒ぎたかった。それほどまでにあの時間は楽しかったし、いろいろな発見があった。それにくらべ、今は走るだけの毎日。刺激がほしい。俺は街で騒ぐのもツーリングの一部だと思う。走るだけでツーリングを終わらせたくない。観光なんかしなくたて発見はどこにでもある。などと考えながらも、俺のバイクはウェーブロックへむかっていた。無駄 な時間になるのかそれは分からない。頭は行くなといっていたが、俺の体はよほどひねくれものらしい。

観光地としてのウェーブロックは良かった。もっとも皆に良くない良くないと言われ続けていたので、頭の中でヒドイものという認識があったからだ。もし皆がすごく良かったと言っていたら、俺はたいしたものには感じなかったろう。これまでもそうだった。過剰な期待をした時は、いつも裏切られ続けていた。本当に人間は勝手な生き物だ。

 

<温帯地帯>

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白い砂がまぶしい

エスペランスとアルバーニーの間で噂のキバハリアリを見た。体長約2cmで物凄いキバがついている。アリというよりまるでクワガタだ。後で知った事だがコイツはハチのようなハリを持っていて、刺されると、2週間も痛むらしい。『触らなくてよかった。』しかしこのアリは不気味だ。オレが動くとそっちをジロリとにらむのだ。非常に視覚が発達しているということがよく分かる。 オーストラリアは人間にとって危ない生物がかなりいる。ヘビ、サソリ、クモなどが有名だが、危ない生物にはかなり見る事が出来る。ヤバイものは事前にしらべておいて、対処方法も知っておきたいと感じた。
サウスウエスト地方で一番楽しみにしている所がラッキーベイだった。なぜだかは自分にも分らない。そこには雪のような白い砂と、透明感あるコバルトブルーの海があった。コバルトブルーと言っても南国の海の色とは少し違う。暖かみが無いのだろうか。少しツンツンしているというか、なんとなく人をよせつけない感じが漂っている。夏なのに風も冷たい。俺は3時間ほど海を眺め、ラッキーベイを後にした。

サウスウエストは緑溢れる土地だ。今まで走って来た不毛の大地ではない。疲れた旅人の心を癒してくれる。オーストラリアを旅した多くの人、特にオーストラリア人が素晴らしいと感じているようだ。確かに俺も素晴らしい地だと感じた。が、俺にはピンとこなかった。確かに緑の溢れるこの地もオーストラリアだが、不毛の大地こそオーストラリアらしいと俺は感じていた。不毛の大地は景色にも変化はなく退屈なのは確かだ。しかし日本では絶対に見る事はできない風景であり、また違う体験をもできる地だ。それにくらべ、サウスウエストの地は日本的な地に感じた。そんな事を感じていたので、俺は早くナラボー平原へ突入したかった。ある旅人は言った。『ナラボーは退屈だ。』そんな地を俺は走りたかった。

 

<ナラボー突入>

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ひたすら真っすぐ

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こういう所もある

ナラボーへついに突入した。ナラボーと言っても、インディアンパシフィック号の横を通るダートロードの方ではなく、1号線のほうだ。俺としてもダートを走りたかったし、パースを出た時点では走るつもりでいた。しかし俺は行かなかった。なんとなくイヤな予感がしたのだ。好調だったバイクの不調を俺が感じたからかも知れないし、調子の良い自分の体の調子が変に感じたのかもしれない。よく分らないが、長く旅をしていると妙なカンが働きはじめ、感覚が研ぎ澄まされていくようだ。その自分のカンを大切にして、俺は舗装路を選んだ。特には後悔していない。自分が無事ならまた走るチャンスを作ることが出来るから。

ナラボーは皆が言うより単調ではなかった。単調というより俺は変化のある道に感じた程だ。特有のブッシュの道から、サバンナっぽい道へ、そして木のない地帯、断崖の海など。道自体に飽きることはなかったが、ナラボーは長いとやはり感じる。こまめにガソリンスタンドがあることがこの道を長く感じさせるのだろうか。つまり先へ先へと進むことが出来るから。いままでは、先へ進むと中途半端な所に泊まらなければならなかったから、急ぐ必要もなかったし、急ぎたいとも思わなかった。しかしナラボーだけは早く抜けたいと感じながら走っていた。それは、俺がエアーズロックへ早く到着したかっただけかも知れないが。

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ナラボー

1995年02月07日

パース→ドーニーブローク(12月4日〜2月17日)

<朝7時の出会い>

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話題を呼んだ謎の女性

俺はキャンプ生活の名残で、朝の6時30分には起きていた。飯を食い、シャワーをあびると朝7時。この朝7時にシャワールームでここ何日も一人の女性といつもすれちがっていた。当然、あいさつが俺の日課となる。ちなみにワカメちゃんも毎日7時ごろ彼女を見ているらしい。朝7時の謎の女性、正体はこの宿でバイトをしているだけだったのだが、夕方彼女に会った時、話しかけてみた。「名前は?どこから来たの?」など簡単な事から徐々に聞いていく。よくツーリングの先々で皆がやることだ。ただ違うのは、相手が外国人女性ということで、少し勇気がいるということ。彼女は日本人の男性に話しかけられたのは初めてだと言っていた。彼女が日本人であったらすぐに日本人の男がよって来るようなカワイさだったが、やはり言葉の壁が邪魔をしているようだ。俺は言葉はたいした問題じゃない、最初の勇気だけだと思うのだが。まあそんなキッカケでたまに話しをするようになっていった。

 

<小排気量車の欠点>

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KMANさん

旅立つワカメちゃんはクリスマスを待たずにパースを出るらしい。CTが遅くて、ビザがあるうちに一周出来ないので仕方なく出発するそうだ。こうなると小さいバイクも考え物だ。小排気量バイクで一周に羨ましさはあったが、俺は長くいたい所では長く滞在したい。とにかく彼は出発するのだ。もう彼とはオーストラリアで会わないだろう。豪勢な晩飯を作り、お別 れパーティーをした。翌朝、彼の旅の成功と日本での再会を願いながら、彼の旅立ちを見送る。

 

<パーティー三昧>

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パースの楽しい日々

ワカメちゃんが去った後、俺は朝7時の女性のラトナーに誘われ、パーティー等のイベントに参加したのをキッカケに宿に宿泊している外人達と親しくなっていく。学生の頃にもどったかのような飲みっぷりと、酔った勢いで、得意のデマカセ英語を使いまくる。彼らも楽しく一緒に過ごせるやつは日本人だろうがなんだろうが関係ない。この宿にきてから、2週間後には俺は知らない人のパーティーにまで誘われるようになっていた。そこでの話しだが、ドイツ人の人に、「こういうパーティーに日本人が来ているのを初めてみた。日本人は外人と会話をしたがらない。おまえらは日本人どうしで固まりすぎだ。」と言っていた。俺はもちろん反論したが、そうなのだ、彼らからはそういうふうに見えるのだ。俺達の立場から見ると、英語がはなせず中に入って行けないだけなのに。ヨーロッパ系の人もいい加減な英語を使う、正確な英語でなくてもいいから、ノリのいい英語を使う事が、友達を作る秘訣だ。何度もいうが、言葉はたいした問題じゃない。クリスマスを宿の仲間と過ごし、新年もパーッとビーチで騒いだ。毎日がパーティーで、楽しかったし俺の英語も飛躍的に伸びた。しかしそのお陰で、お金がヤバイ状況になってきていた。『働くしかない!』俺はどこで働くか検討中していた。そんな時に友達のオーストラリア人も金がなくなり、農場へ働きにいくという。お金をてっとりばやく稼ぐのに、農場は都合がいい。俺も彼についていき、一緒に仕事を探すことにした。

ついにこの宿を去る時がきた。宿に宿泊しているほとんどの人ともう知り合いになっていた。飲みにいったり、スポーツしたり、いろいろな想い出があった。少し寂しいが、お金が無いのだから仕方ない。特に親しかったラトナー、ウッディーとジャスティンに再会の約束をし、新たなる滞在地ドーニーブロークへ向けて旅立った。

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パースの街

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宿の12:01

 

<働く>

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イリゲーションの仕事を始めた

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果樹園での愛車

パースからドーニーブロークまでは200km程しかない。アッと言う間に町へついた。宿をすんなりと決め、部屋はパースからの道連れ、ハスとウェインと同じ部屋になった。ちなみに部屋は6人部屋だった。6人部屋を3人で使えるのは気持ちいい、それにパースの宿よりもここの方が清潔でいい感じだ。

翌日からハスの車で仕事探しを始めた。何件かの農場を回り、ハスは一つ仕事を打診したらしい。それはトラクターに乗る仕事だった。あと二人分の仕事を得なければならないが、なかなかない。結局この日は一つの仕事しか得ることができなかった。その翌日もまた農場を回る。ない。今は収穫のシーズンじゃないので、あまり仕事がないのだ。数日後ハスは仕事に就き、ウェインも仕事を得た。焦る。毎日毎日バイクで農場回りだ。オーストラリアでは何度も足を運ぶと仕事が貰えるらしい。俺も一週間後には何件か仕事を得られそうな所を見つけたが、最終的にはハスの紹介で同じ農場で働くことに決めた。自分で探した所より給料が良かったからだ。

 

<パースへの小旅行>

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沖縄旅行からの友人トシと再会

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ラトナーとお別れ

約1か月半もの間俺はここで働くことになる。俺の仕事はイリゲーションといって、スプリンクラーの移動と設置だ。仕事の事は思い出したくないのでさておき、この間に俺はパースへ行く用事が出来て、休みを利用してパースへ行く。事情があって俺の仲間は宿を移っていたが、再会でき、話し込む。その時日本人に「外人と話しているから日本人じゃないと思いましたよ。」といわれた。なんだかむしょうに寂しさが込み上げて来たが、とにかく知った仲間と飲みに行く。信じられないがほとんどの人がまだパースにいたのだ。それに、どうやら今日はたまたまラトナーの誕生日だったらしい。彼女に「タカ、プレゼントは?」と言われたが、プレゼントなんて無かったので、歌を歌った。すごく恥ずかしかったが、また一日パースでのいい想い出が残った。

 

<男性と女性>

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月〜土まで12〜14時間働く

ドーニーに戻り、また辛い日々が続く。俺はオージーとペアを組んで仕事をしていたが、相棒がやな奴なのだ。『思いだしたくもない!』そんな俺の楽しみは仕事後の宿でのだんらんだった。

空いているベッドに女性が来た。彼女達はイギリス人2人とオランダ人1人で、トランプしたり、仕事のグチをいいあったりと、いい友達になっていった。ところで彼女達も日本人男性と話すのは初めてだったそうだ。よく日本人男性は人気がなく日本人女性は人気があると言われているが、日本人男性は人気がないなんて大ウソだ。確かに日本人男性が外国人女性と仲良くなるということは少ないのだが、また日本人女性は人気があるといわれるが、外人男性がただ声をかけるからということらしい。別に彼女ら外人女性も、日本人を嫌っているわけではない。いやむしろ、日本に対して興味を持っている人が多いくらいだ。日本国内でも、女性から男性に声をかけることは少ない。国外でも同じことで、男性が女性に声をかけなければならないのだ。これに気がついてからは男性女性の区別 なく友人が出来はじめた。

1994年12月03日

ブルーム→パース(10月14日〜12月3日)

<アリ>

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ブルームのキャンプ場

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ケーブルビーチの夕日

ブルームで再び溶接をたのむ。こんどは見た目は少し悪いが、しっかりと溶接してもらった。バイクのフレーム以外は好調なので、この町に長居する必要はなかったが、キャンプ場のロケーションが良かったので、十日位ここでのんびりしようと決めた。キャンプ場でアリの巣をさけてテントをはる。海の近くなので、夜は涼しそうだ。

夕飯を作ろうと思い、バッグから米の袋を出して愕然とした。『アリだ。』米の白さの中に赤茶色い小さなアリがうごめいている。よく見るとテントの中にアリの行列ができているではないか。『どこから入って来たんだコイツ。』という疑問と同時に『今日の飯はこれしかないぞ。』ということを思い出す。ひとまずアリの行列はそのままにしておいて、できる限りのアリを取り除き、今日の夕飯を作った。この日からアリと俺との格闘がはじまるのだ。

次の日虫除けスプレーをワカメちゃんと買いに行った。彼も同じキャンプ場に泊まっており、少なからずアリに悩まされているようだ。キャンプ場に戻り、早速スプレーを使ってみる。「スゴイ臭いだよコレ。」たしかに匂いは強烈でいかにも効きそうだ。ワカメちゃんがアリの行列にスプレーしてみる。「即死だ。」殺虫剤じゃないかというほど強力だ!彼のスプレーを借り、自分のテントに使用して、アリを即死させる。その上でチャックなどのアリがはいってきそうな所にスプレーしておく。『とりあえずこれで平気だろう。』

朝起きて、インスタントラーメンを食べようと袋を出したところ、またもやアリが袋の中でうごめいている。『ンモー、マジかよ。袋は開いていなんだぞ。』どうやら袋を食い破って俺のラーメンをかじっていたようである。『俺の飯』食うなよな。でもたいしたもんだよ。君たちは。』ここまでやられると、アリに対して敬意さえ感じてくる。俺はアリ入りのラーメンをすすりながら、アリ対策を考えていた。

食べ物をかばんに入れ、かばんに虫除けスプレーをかけてきちんとチャックを締めておいたらアリがたからない。要はきちんと管理していれば問題ないことを発見した。ただし少しでも気を緩めるとアリはかばんの中に侵入してくる。 他のキャンパーはどうなのだろうと思い、知り合いになった人の車を覗いてみる。『アリだ。』車のタイヤをつたわって、車内に侵入している。ブルームのアリは強力だ。

キャンプ場の前のコバルトブルーのビーチで朝泳いで、昼から釣りをしたり、アサリや巻き貝をとって飯を食うという夢のような生活を一週間程楽しんでいたが、毎日が少し単調になってきた。『そろそろ旅に出るか。』まだ見ぬ 大都会パースをめざして南下をはじめた。

 

<南下開始>

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道ばたで

『ワカメちゃんにはいつ追いくだろう。』かれは数日前に旅立っていた。『彼のバイクのペースは舗装路で一日約250kmと言っていた。俺は一日に500km位 か。』などという事を何度も繰り返し考えながら単調な道を走る。今はブルームを出てグレートサンディー砂漠を通過中だ。砂漠と言っても低い灌木は生えているし今までの道とそう変わりばえしない。目を楽しませてくれたものと言ったら、竜巻くらいだろうか。あちこちに竜巻が上がっている。大きいもの小さいもの。TVで見るようなもの凄いものではないが、何本も竜巻があるというのが凄い。しかし凄い凄いと感動しながらもそれがひたすら続くのですぐに飽きてしまう。オーストラリアの道はどこでもそうだ。面白いものや変わったものが出てきても、それが永遠何時間も続くのだからたまらない。

オーストラリアではバイクなんてちっぽけなものだ。『この国ではバイクは不便だし旅にはむかない。』本心からそう思う。しかし俺は旅している。俺は広い広いこの大地が見たかったのだ。バスや飛行機、電車ではこの広さは感じられない。バイクは最高だ。

 

<ひらめきそして、、>

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パンク修理中

ブルームを出てからの最初の町は、南に約600kmにあるポートヘッドランドという町だ。皆、普通はここで宿をとるようだが、どうも気にいらなかったので200km走って次の町カラーサへ行くことにする。気にいった所や興味を持った所で長く滞在し、そうでない所はサッサといってしまうのが俺の旅のスタイルだ。だから観光地をひたすら回るなんてことも俺はしないし、観光地へ行かなかっかたからもったいないなんて思わない。自分のヒラメキを大切にしている。ポートヘッドランドは俺は興味が持てなかった。ただそれだけだ。逆にカラーサはカラーサに住んでいるオージーに会って、いろいろ聞いていたので、行ってみたかった。今日はまだ200km弱しか走っていない。あと200kmを進む体力もあるし、明るい内につけそうなので先へ進む事にした。

カラーサの手前10kmで夕方になっていた。明るいうちにつけると安心していたところで、前タイヤが少し変だと気がついた。『パンクだ。』と思ったと同時に『明るい内でよかった。』と安心した。暗くなったら街灯は無いのだ。バイクを路肩に止め、作業を開始する。『パンク修理はお手のものだ。問題ない。』と思って作業していると、車が止まってくれた。「どうしたんだ。大丈夫か。」と心配ように話しかけてくるので、「大丈夫だ。直せるから。」と答えた。しかし彼は不安なようで「もしなんなら車に乗せて行くぞ。」と親切に聞いてくれる。『やっぱりトラブルがあった時はお互いさまなんだな。』と妙に感動しながらも「大丈夫だ。」と答えて作業を再開した。するとまた一台の車が止まってくれた。「どうしたんだ。大丈夫か。」と聞いてくる。『やっぱりオージーは親切だ。』と思いながら、事情を説明して、別れる。するとまた一台の車が…。何台かに一台が止まって尋ねてくれる。そのたび「大丈夫か?」と聞かれる。この国で車のトラブルは非常に重要な問題なので、助け合いの精神が発達しているようだ。しかし、町から近く、おまけに夕方だったので車の通りが多く尋ねてくれる人数が多すぎる。おまけに世間話しを始める人までいる。『これじゃ作業にならないよ。』と思いながら、ついつい一緒に世間話しをしてしまう。『なんでギブリバーロードの時は誰も声をかけてくれなかったんだろう?』という疑問を抱きつつも、タイヤの修理を終え、カラーサの町へ向かった。ちなみにパンクの修理には1時間30分もかかってしまった。1時間位 は話しをしていたという事か。もう空は暗くなっていた。

 

<整備されていく道>

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カンナミユキストックルート

日本人にだけ有名なカンナミユキストックルートというものがある。ストックルートといっても日本人がかってに名前をつけただけで、ただの40kmのダートロードである。なぜそんな名前がついたかは地球の歩き方ツーリング&ドライブを読んでもらうとして、このカンナミユキストックルートを俺は走っていた。道は非常によく整備されていて、なにも問題なく通過したが、ダートの最後の方は舗装工事が始まっていた。もうすぐこの道もダートではなくなってしまうのだろう。しかしこんなに利用頻度の高い道が今までダートだったのが不思議だ。

カンナミユキを抜けたエクスマスのあたりの道は、見飽きていたブッシュの道から草原の道へと変化した。写真に撮ってしまうと似てしまうような道でも、その場にいるとちょっとしたことが大きな違いとなって見えてくる。平原に山があるとうれしい。木の種類が変わると嬉しい。土の色が変わっただけでも嬉しいのだ。

 

<コーラルベイ>

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コーラルベイ

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夕食ゲット

コーラルベイでワカメちゃんに追いついた。コーラルベイは名前負けしないくらい美しいところで俺はここに3泊くらいしてみようという気になっていた。もちろんキャンプでだ。宿には日本人バックパッカーがたくさんいたようだがキャンプ場にはワカメちゃんしか日本人はいなかった。『わかめちゃんもキャンプ好きだねぇ。』

世界中どこへ行っても日本人は多いが、俺は日本人同志でグループを作っているのはあまり好きではない。どうせなら、その土地の人と話してみたいと思う。それには少し寂しい時もあるが、キャラバンパークに泊まるのが一番だと思う。ワカメちゃんも似た考えのようで、日本人でグループの中に入るのが嫌いなようだ。もっとも俺達二人は日本人だから、グループを作っているように見えるかもしれないが。

コーラルベイは楽しくて、結局四泊したが毎日釣りをしていた。釣れる魚はカラフルな魚ばかりだが、もちろん夕食としておいしくいただいた。キャンプ場はきれいだし、アリもいない。なにもかもが快適だった。

 

<リゾート>

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モンキーマイヤ

野生のイルカの餌ずけに成功して有名になったモンキーマイヤへイルカが触れるらしいということで行ってみる。到着してすぐにテントを張り、海へ行ってみる。静かだ。まだイルカは来ていないらしい。野生のイルカなので、いつでも見れる水族館とはわけが違うが、毎日数回おなかがすくとやってくるらしい。日陰で昼寝をしながらのんびりと待つ。

フッと目が覚め海に目をやると海に人だかりができている。『イルカがきている。やられた。』急いで近づいて、触ろうと手をのばしてみたが、なかなか近寄ってこない。レンジャーの人に「それ以上前へ出ないで下さい。」と俺を含め観光客みんなが注意を受けながら手をのばしていたが、イルカは気まぐれ、沖へ泳いでいってしまった。この日はもう一度イルカに触るチャンスがあったが、結局触ることはできなかった。残念。

夜、日本人の普通の観光客がバーベキューをやっていた。よく見ると、最近知り合った日本人のライダーがまじっている。『さてはご馳走になっているな。』缶詰とごはんしか食べていなかったので、早速声をかけて仲間にいれてもらう。ちょっと卑しいがご馳走の魅力には勝てなかった。いろいろな世間話しにつきあいながら、あさり焼きをご馳走になる。ここのビーチでもあさりが取れるみたいだ。そろそろ話し疲れたころ、彼らは「これからレストランで食事だから、残りのあさり食べてくださいね。」といって行ってしまった。二人取り残され、あさりを食べていると、となりでバーベキューを外人が始めた。彼らに食べさせようという事になり、話しかける。「もし良かったらこれ食べませんか?」外人はあまりこういう物は食べないんだろうなと内心冷や冷やしていたが、勇気ある女性が一口食べ、しだいに打ち解けていく。彼らにご馳走をしたからか、「夜ビデオを見るから、おまえらも来い。」と誘いを受ける。もちろん俺達はOKした。

時間になりビデオの上映場所へ行ってみるともうすでに何人か人が来ている。バーベキューをやっている人だけで映画を見るのかと思っていたのだが、かなりの大人数が来た。彼らは皆、モンキーマイヤリゾートのスタッフだった。この夜は、酒を飲みながらビデオを楽しみ、楽しい一夜を過ごした。

昨日テントの中で考えていた事があった。『ここで働けないだろうか。』さぐりをいれてみたところでは、働けそうだ。こういう所で働くのは非常にいい経験になるだろう。たいていの日本人は、日本人商売しかできない。『いいチャンスだ。』このころには転んだらタダでは起きない性格になっているし、なんでも出来ると思いこんでいる。しかしパースでクリスマスを過ごしてみたいという気持ちもある。かなり悩んだ末、俺はパースへ行くほうを選んだ。

 

<カルバリ>

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ホワイティングという魚

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夕食

『旅で寄り道は基本でしょう。』少しルートをはずれカルバリというとこへいく。宿泊はもちろんキャンプ。キャンプのしたくをして、バイクにガソリンを入れに行く。ガソリンスタンドの兄ちゃんに旅の話しを聞かれ、調子にのってベラベラ話す。そこで知り合いになって、後で彼のキャラバンに招待してもらったり、酒を飲みにいったり、楽しい時を過ごしたのだが、それには、間違った英語でもいいから、積極的に話すことが大切だ。ハッタリを半分かましながら大袈裟に大袈裟に話すのが外人相手にはちょうどいい。それに気がついてからは、それがいつも良い結果 をうんでいた。

彼にカルバリでの魚釣りのことを教わり、またもや魚釣りをする。ここではホワイティングという白ギスの一種のようなものが入れ食いで釣れる。おかげで夕食には困らなかった。

釣りの事にしてもなんにしても、宿に泊まれば親切な主人が教えてくれるのだろうが、俺はやはり商売でない普通 の人々と接し、いろいろな話しを聞きたい。

 

<ピナクルス>

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ピナクルス

パースを目の前にして早く街へ到着したいという気持ちはあったが、西海岸の目玉の一つピナクルスへは寄らなければと思っていた。日本で見たオーストラリア写真集のピナクルスの美しさと奇妙さを是非見てみたかったのだ。セルバンテスの町にキャンプを張り、さっそくピナクルスへとバイクを走らせる。ゲートにはレンジャーがいて金を取られた。帰る時はいなかったので、もう少し夕方遅くくればタダだったみたいだ。『あ〜損した!』とにかくピナクルスは俺の期待を裏切らなかった。夕日に映える奇怪な岩。なぜこうなったのかは知っていたがやはり不思議だ。自然は偉大だ。

 

<ついにパースへ>

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パースの街

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街はクリスマス一色

冗談でなく夢にみたパース。期待に胸がふくらむ。ケアンズを出てから都会的な生活はしていないし、そんな町も来る途中にはなかった。ダーウィンの街から約1か月、ずっとキャンプ生活だ。あと100km、50km、25km…。だんだん近づいてくる。『見えた!』遠くにボンヤリと見える高層ビル群。『ついにここまで来たんだ。』涙が出るほど嬉しい。

街の中へ入り、宿をさがさなければならなかった。大都会でキャンプは不便すぎるからだ。しかし俺には宿のアテがあった。ここへ来るまでの間にいろいろと情報を集めておいたからだ。俺の希望の宿は日本人が固まっていない所で宿に宿泊している外人がフレンドリーであることだった。途中で話したオーストリア人の旅人がそんな俺にピッタリの宿を教えてくれていてくれた。彼の英語は俺と同じ位のレベルでたいして話すことができないのに、その宿は凄く楽しめたというのだ。俺はそこに泊まりたいと思っていたが、ワカメちゃんと待ち合わせした宿もあったので、先にワカメちゃんと待ち合わせをした宿へ行く事にする。彼はまだ到着していないようだったが、とりあえず空き部屋を聞いてみる。「今日泊まりたいんですけど。」「ツインなら空いている。泊まるか?」と感じが悪い。ツインの値段は俺には高すぎるし、宿のオッサンの対応も悪いので、ワカメちゃんを裏切り、俺はもう一方の宿に行くことにした。

 

<偶然の再再再会>

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KMANさんと

再会パースについて3日ほどこの宿で過ごしたろうか。知り合いになったオーストラリアのライダーが俺を呼びに来た。彼はここでレセプションの仕事をしていたのだが、「お前はシゲを知っているか?」と俺に聞く。シゲという名前にピンとこなっかたのだが、「小さいバイクに乗っているやつだ。」という。『あー、ワカメちゃんだ。』「知っているけどどうしたの?」「彼がここに来ている。ついてきな。」といって俺を案内してくれ、俺は彼と再会することが出来た。「どうしたの?」「イヤー、宿がみつからなくて、ここでいいやと思って入ったら、XLVがあるじゃん。」偶然とは恐ろしい。宿はたくさんあるのに…。無事に再会を果 たし、当然、街へ繰り出した。

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